目の前が見えないくらいに高く積み上げた本をよいっと持ち上げて、とことこと書庫へと運んでいく。廊下の曲がり角にぶつかりそうになりながらもどうにか目当ての部屋に辿り着き、入り口に置かれた小さ目のテーブルの上へどさりと置いた。
「あ〜、今日は捗りますね〜」
嬉しそうににこりと笑って、額に滲んだ汗をタオルで拭う。丁度その時、居間の古時計が古めかしい音で12時を告げた。
土の曜日。地の守護聖の館には、ルヴァ以外の誰も居なかった。
遡り、昨日のこと。
「ルヴァ様、本当におひとりで大丈夫ですか?」
古参の侍従が心底心配そうに眉を顰めた。にこにこと微笑いながら、大丈夫ですよ〜、とルヴァが応える。
「忘れずにちゃんと御飯も食べますし、本当に心配しないでくださいね〜」
「ですが……ゼフェル様がお帰りになられるのは日の曜日の午前中と伺いました…それまでは、数人傍仕えを置かれたほうが……」
研究や読書に没頭してしまうと、寝食を忘れてしまう自分を本当に心配しての言葉に、今までの自分の所業を思い出し苦笑してしまう。こほん、とひとつ咳払いをして、言い含めるように首を傾けながら、言葉を選ぶ。
「あの子の誕生日の用意は、私ひとりでしたいんです。……本当に大丈夫ですから、偶の休み、貴女方も十分休養を取って帰ってきてくださいませんか?」
そこまで言われては了承せざるを得ない。『守護聖様の思う通り』お仕えするように、と厳命されている所為もあり、侍従は渋々といった雰囲気で頷いた。
他ならぬゼフェルの誕生日、急にはいった惑星の調査すらそれまでにけりをつけて必ず戻ってくる、と言い残していった彼の誕生日を祝うための準備は、どうしても自分ひとりでしたいのだとルヴァは譲らない。最終的には侍従が根負けしてしまう。
「御食事はけしてお忘れになりませんよう」
幾度も念を押す彼女の言葉に大きく頷いて、どうにか安心させて送り出す。
こうして金の曜日夕方から月の曜日の朝まで、地の守護聖の私邸に居るのはルヴァひとりとなった。
にこにこしながら侍従達を見送り、まず金の曜日の夜はのびのびとひとりで本を読み耽る。夜半漸く床につくと翌朝は少し遅く起き出して、土の曜日午前中を書庫の整理に当てた。久しぶりに本尽くめの生活を送ることができて御満悦のルヴァは、好い気分のままゼフェルの誕生日の準備を始める予定だった。
ルヴァが金の曜日夕方から侍従達に暇を出したかった理由は3つあった。ひとつはゼフェルの誕生日の準備をひとりでやるため。もうひとつは誰にも見咎められない読書三昧の時間をつくるため。いまひとつは、コロンの類が酷く苦手なゼフェルを迎える準備をするためだった。
感覚が酷く鋭いのか、はたまた神経質なだけなのか。彼の私邸よりも女性の傍仕えが多いルヴァの私邸に来る度に、ゼフェルは必ずこう言う。
『……なんかすげーあまったるい匂いがする』
むぅっと顔を顰めると、ルヴァの傍に寄ってきてぎゅうっと抱き締め首筋や髪に顔を埋めては、『やっぱルヴァが一番好い匂いがする』と言って所構わずキスをして憚らない。くすぐったいやら恥ずかしいやら、ルヴァはいつも振り回されてばかり。
ところが、甘い匂いが嫌いだと言いながらも、ルヴァの匂いを嗅いだり口付けたりする度に『ルヴァって凄い甘いのな』などと言う。我侭もここまでくるといっそ小気味いい。
全ての部屋の換気をしながら、彼女達には口が裂けてもこの3つ目の理由は言えない、と思いルヴァは苦笑した。
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