鋼様誕生日記念
何処に居ても傍に居る

〜 2 〜





 作り置きしていってくれた昼食を温めて食べてしまうと、部屋の掃除を始める。
 掃除とは言っても、平日は傍仕えの者が毎日きちんと掃除をしてくれているのでほとんと汚れてはいない。はたきをかけて目に付く塵を拾い、居間のカーテンやソファ、絨毯等に消臭スプレーを散布する。以前、部屋の匂いをこれで落としたとき、ゼフェルが酷く嬉しそうにしていてくれたのを思い出しながら、ルヴァはぐるりと部屋を見回してにこりと微笑った。
 同じ様にゼフェルが行きそうなところを選んであちこち掃除をして回る。結構部屋数が多いため、終わったのは日が傾き始めるころになってしまった。



 一休みをしようと、紅茶を淹れて居間のソファへ持っていく。カップを口へと運びながら、机の上に置いてあった読みかけの本を手に取った。
 読書中のルヴァの集中力は並ではない。読み始めて数秒経たない内に意識が文章の中へと潜り込んで行く。指の先、髪の毛の一本にまで文字が染み渡り、思索の波間をたゆたう瞬間が堪らない。
 そうして、ふと気付くと少しだけの筈の休憩が数時間にもなってしまって、なんていうことはままあることで。この日も例によって例の如く、まだ傾きかけていただけだった太陽はすっかり地平へとその身を沈めてしまっていた。
「あ〜……この癖、少しは直さなきゃ駄目ですね〜」
 机の上のカップに目を留めて、すっかり冷めていた紅茶を飲み干す。ぱたりと本を閉じてふと視線を巡らせると、ルヴァの寄りかかっていた隣のクッションの位置がずれている事に気付いた。
 何気なく手を伸ばし、位置を直そうと持ち上げる。その影に落ちていた物に目を留めたルヴァの動きが一瞬止まった。



 黒のヘアバンド。ゼフェルが自分の髪を押さえるのにいつも使っていた物。どうしてこんなところに、と思いつつ、少しよれているそれを拾い上げまじまじと見詰める。途端、ゼフェルが惑星の調査に出かける前の晩のことを思い出してしまった。



◇   ◇




「ルヴァ、手ぇ出して?」
 ヘアバンドをするりと外しながら、目の前でゼフェルがにっこりと笑う。食後のお茶、というには少し遅すぎるそれを飲んでいるルヴァの隣から、覗き込むようにしてゼフェルの顔が近付いた。



 居間のソファに座り首を傾げながらも言われたとおりに左手を差出すと、両手、と言われ慌てて右手も一緒に差出す。両の甲をふわりと包まれ、ゼフェルの顔が更に近付いてくる。思わず目を閉じると、柔らかい口付けが落とされた。啄ばむようなそれに半ば酔いながらされるまま任せていると、両手首をなにかでくるくると巻かれ動かせなくなってしまった。
「……あ、の……ゼフェル…?」
 少し動揺しながら目を開けて紅い瞳を見る。悪戯っぽく煌いている綺麗な瞳が自分をじっと見下ろしていることに、心臓がどくんと跳ねた。
「なぁ、ルヴァ……此処で…しよ?」
 ひとつに括られてしまった手に、ちゅ、と口付け、そのまま上へと持ち上げると頭の後ろで固定してしまう。
「え…あの、ゼ…フェル……?……此処、でですか…〜?」
「ん。此処でしたい」
 もう一度口付けられ、今度は舌が咥内にまで入り込んでくる。熱心に吐息を絡められ舌を吸い上げられて、くらりと眩暈。



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