道 程 〜 4 〜 |
ひとつの疑問を解く為に、様々な文献を紐解き過去の資料を当たる。ある時は答えに一歩近付き、またある時は一歩遠ざかりながら、少しずつ疑問と解答との間にある溝を埋めていく。手探りの時もあれば、決定的な手掛かりを得て心躍る時もある。ひとつひとつ、ベールを剥いでいくような感覚は、ある意味宝捜しに似ているのかもしれない。 「ようやく答を見つけたときも、やはり達成感はあるのですけれど……」 遠くを見るような瞳でふわりと微笑う。 「追いかけている最中の方が、楽しいですか」 こくり、と何処か嬉しげに頷いた。きし、と広い背中を背凭れに預け、ヴィクトールの大きな手が顎を撫でる。 「確かに……そうかもしれないですね」 軍に在籍していた頃、例えば駐屯地の記念祭の準備で色々と忙しく立ち回っていた時は、何故か妙に充実感がありました、と黄金の瞳が綻んだ。 「何をしようか、これをしたら喜ばれるのではないか、と皆で知恵を出し合って考え準備をしているときは楽しかったですね」 いざ始まってしまうと様々な状況に対応するのに大変で、それこそ夢中、気が付いたらいつの間にか祭りが終わっていた、ということもあったという。 「そう……」 ふと、ルヴァの声の調子が変わる。気付いて、ヴィクトールの表情も微かに変わった。窺うような視線の先に、儚げな笑み。 「何か目的に向かっている最中こそが、一番幸せな時なのかもしれません…」 意味を図りかねて、深く、慎重に息を吸った。 「それは……」 どういう、と言いかけて、ひたりと合わせられた視線に、言葉が止まる。 「……今、が…」 想わずにはいられない。 『今』が、一番幸せなのだと。 『今』のまま時が止まればいい、と。 ―――――――けれど。 『今』のまま。 ………それは。 「……ルヴァっ」 がたり、とヴィクトールの座る椅子が派手な音をたて、ぎしりと悲鳴を上げる。酷く真剣な表情で、深く色を落とす青鈍の瞳を見つめる。 「それは……そんなことは…っ…!」 無理矢理動かされて、酷く乾いた喉が痛みを運ぶ。言葉を無くす。浮かしかけた腰と肘掛を握り潰さんばかりに掴む大きな手。 目の前で、白い顔が傾ぐ。それにつられて垂らされたターバンの端がゆらりと揺れ動いた。 浮かび上がった笑み。無意識に立ち上がり、肩を抱きこむ。 「…私……、は」 言葉の続きを遮るように抱き締める。背中から伝わるぬくもりに顔を上げて黄金色の瞳を探す。伸ばした白い喉に、太い指が這わされた。 「…ヴィ…ク、トー……」 潤み始めた青鈍の瞳に、黄金の瞳が映った。目元に唇の感触。次いで、唇がやんわりと触れ合った。 瞳から知らず零れ落ちる、雫。 片手を逞しい肩へと廻してしがみつく。幾度も落とされる口付けのなか、もう片方の手がターバンの結び目へとかけられた。乾いた音。軽い衣擦れが耳に届く。ぱさり、と細い肩に白い布が蟠る。柔らかい、蒼の髪。 「…ルヴァ……」 髪に、項に、首筋に。繰り返される口付けと、零れ落ちる涙。 ざわり、と、窓の外の木々がざわめいた。 ルヴァの身体がふわりと浮き上がる。突然のことに慌てたルヴァの額にヴィクトールの唇が触れた。 「…今日は、もう…眠った方がいい」 肩で重い扉を押し開けて、廊下をゆっくりと歩き始める。腕の中で一旦見開かれた瞳がくしゃりと歪む。 細い手がシャツを握り締め、広い胸に顔を埋めた。 「傍に…っ…」 ぐ、と抱き直して寝室の扉を開く。 「一晩中、傍に…居ます、よ」 背中で扉を閉め、闇に包まれた寝室で、もう一度口付ける。触れた唇は、まだ、濡れていた。 「傍に居ます」 軋むスプリング。剥がされる上掛け。窓から差し込んでくる月の光がふたつの顔を闇に浮かび上がらせる。細い声が、赤銅の髪を呼んだ。 気紛れな雲が、月を覆い隠す。 互いの吐息、ぬくもり、触れる肌の感触だけが、全て。 ふたりの居る場所が、一時の闇に包まれた。 了 |