水様誕生日記念
微笑んだままでいて

〜 1 〜





 静かに開かれた扉から、廊下の明かりが暗い室内へと入り込む。そっと中を窺いながら扉を閉めて寝台へと近付けば、規則正しい安らかな寝息が耳へと届いた。
「……眠ってしまわれたのですね…」
 ほっとしたような、ほんの少し寂しいような、そんな声が溜息と共に零れる。羽織っていたローブを手近な椅子の背にかけて、彼の人の隣へと滑り込む。丁度ひとり分だけ開けられていた場所にすっぽり収まると、目の前に柔らかな寝顔。思わず綻ぶ微笑と共に、頬へと手を伸ばした。
 優しい温もりと、言葉に出来ない想い。
 思えば、初めて森で出会った彼も、今と同じように夢の中に居た。ひとつ違うとすれば、あの時よりも遥かに安らいで見える寝顔。自分の存在が、彼の心を解していると………自惚れてみてもいいのだろうか。思いながら、柔らかな頬へ唇を寄せる。何処か甘い香りと、くすぐったいほどに満たされる心。



 胸の中確かに在る暖かな想いは、森の小さな泉のほとりで初めて彼の人の寝顔に出会った、そのときに生まれたことを、改めてリュミエールは思い出していた。







◇   ◇   ◇








 さく、と若草を踏締めながら、当ても無く野道を行く。故郷を思い出させる水面、穏やかな水辺でもあればそのほとりで気ままに竪琴を爪弾いてみよう。初めて見る地、初めて会う人々、新しい情報を目の前に一度に並べられて疲れたのかもしれない、なんだかささくれてしまう心を落ち着かせたい―――――そんな気持ちになっていた水浅葱の瞳に、人影が飛び込んできた。
「あれは…地の守護聖の……」
 小さな泉のほとり。傍らに竿を立て針を水面に漂わせながら夢の世界の住人となってしまっていたのは、やはり地の守護聖ルヴァだった。
 直ぐ近くに置いてあった魚篭を恐る恐る覗き込み、中に1匹も魚が居ないことを確かめると、ほうっと安堵の溜息をつく。魚を釣ることが目的ではなく、のんびりとした思索の時間を求めて針を垂れる、という噂が本当だったことになんだか嬉しくなった。



 起こしてしまわないよう立ち上がると、周りを見渡す。静かな水面を時折穏やかな風が通り過ぎていき、僅かに漣を立てる。さわりと耳に届く葉擦れの音も心地好く、眠りを誘われるのも頷ける、とひとり微笑った。
 けれど、この場所で楽を奏でれば、安らかな眠りを妨げてしまう。ふと視線を転じた先に、また別の水の煌きを見つけてリュミエールは薄っすらと微笑んだ。




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