水様誕生日記念
微笑んだままでいて

〜 3 〜





 時折、興に任せて爪弾いていた音を、彼は聞いていてくれていたのか。それだけではなく、それら全てを覚えていてくれたのか。密やかに驚くリュミエールの前で、ルヴァは更に続けた。
「先程の曲……聞かせて戴けませんか?…その……なんだか、落ち着くような気がするんです」
 思いがけない言葉。穏やかに、ただ安らかに居て欲しい、そう願いながら奏でた曲に乗せた想いが伝わったのだろうか。



 けれどそんなことはどうでもいいことだった。自分の奏でた曲で、彼の人の安らかな眠りが護られるのなら。本当に、どうでもいいことだった。



「ええ……ええ、私の曲でよろしければ、幾らでも…!」
 もう一度座り直して、竪琴を持ち変える。その隣、同じ樹の幹にルヴァも寄りかかる気配がした。嬉しげな、誇らしげな笑み。大きく息を吸い、指を弦の上へと踊らせていく。
 ちら、と盗み見た彼の人の、目を伏せた表情はとても穏やかで。それだけで、自分まで満たされていくような気がした。







◇   ◇   ◇








 ごそ、と腕の中のルヴァが身動ぎをする。肩を柔らかく抱き寄せると、そのまま無意識に寄せられる身体が嬉しくて。笑みを浮かべたまま、もう一度頬へ口付ける。



 森の中で彼の心に初めて触れた日から、幾つの朝と幾つの夜が繰り返されただろう。そうして今、こうしてふたりで居られることに、深く深く感謝の意を心に刻む。
 その想いが向けられるべき先は、やはり女王陛下なのだろうか。そう考えてリュミエールは苦笑した。この想いは、祝福からは遠い場所にあるのかもしれない。
 そう、思いながら。



「おやすみなさい……」
 限りない優しさを乗せて、耳元に囁く。無意識に微笑む彼が無性に愛しくて。暖かい何かが、心の内に満たされていくのを確かに感じる。上掛けを掛け直し、自分もゆっくりと横たわった。頬に添えていた手で、目元をするりと撫でる。
 最後にひとつ額に口付けると、リュミエールは枕へ頭を下ろす。目を閉じると、暗闇の中聞こえてくるのは、彼の穏やかな吐息。



 過去に傷ついた彼を癒しながら、自分もまた癒されることを待っている。
 満たされる日を夢見ながら、それでもやはり想うこと。





 願いはただひとつ。この頬が、二度と涙で濡れないように―――――。








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