炎様誕生日記念
常春に降り積もる熱い雪





 不意に、押し当てられていただけの頬がするりと首筋を伝い上がり、腰の前で緩く組まれていただけの大きな手の平がゆるりと腰骨の辺りを撫で始める。震えそうになる肩は抑えられても、粟立つ肌だけはどうしようもない。耳の後ろで小さな笑い声が聞こえ、あ、と思う間もなく、襟足を緩く吸い上げられてひくりと頤を震わせる。
「あの……オスカー…?」
 何かを含んだ声が小さく零れる。なんだ?と意を解さない声が即座に返され、青鈍が困ったように揺れた。髪に掛けていた手で無体を働く頭を押し返そうと試みても今度はびくとも動かず、少し慌てたように身動ぎ、項へと滑り落ちようとする貌を見ようとして首を捻る。
「…あの……あの、オスカー………此処、では…厭……です…」
 小さく落ちる台詞に、背後で微かに微笑う気配。けれど焦っているルヴァにそれが読める筈も無く。
「此処でなければ……何処がいい…?」
 声音だけ聞けば、存外優しい言葉。けれどその意味には明らかに意地悪な意図が含まれていて。困ったように眉尻を落としながら、少しだけ目許を染めたルヴァが、震える唇を開く。
「……寝室…が……い、ぃ…です…」
 消えそうな声で返された言葉に薄い唇が笑みを形作る。腕の中すっぽりと収めていた身体をぐいっと抱き上げ、不意の行動にひしっとしがみ付いてくる彼の紅い頬へひとつ口付けを贈る。
 紅い貌で軽く睨むようにその笑みを見詰め、ほうっと小さく息を吐くと今度はルヴァから、明確な意図を持ってオスカーの肩へ腕を回した。
「泊まって…いって………いい、ですか…?」
「……帰りたいと言っても、帰さない」
 唇への口付けと共に返される言葉に少しだけ表情を蕩かせて、大人しく口付けを受け止める。
「相変わらず……気障、ですねぇ…」
 ぽつり落とされた台詞に肩眉を上げ小さく微笑いながら、オスカーはルヴァを抱いたまま歩き出した。



 少しだけ落ち着き無く紅い貌を俯かせ、ルヴァは広い胸に貌を摺り寄せる。その仕草に目を細め、頭を下げて俯く彼の耳元に唇を寄せると、低く囁く。
「…ルヴァ……好きだ」
 囁きにひくりと肩を震わせると、貌を隠すように胸元へ更に頬を寄せ、ややして小さく呟いて返す。
「わ…た、し……も……貴方が…好き……です」
 返された応えに寝室のドアを開けながら精悍な頬を緩め、寝台の上へそっと細い身体を下ろしてもう一度口付ける。今度はルヴァからも頤を上げ、唇を薄く開いて口付けに応え。
 離れていくオスカーを見上げたまま、ゆるりと手を上げてその動きを留めると、微かな微笑みが返され、口付けがもうひとつ額へと落とされた。







 寝室の明かりが落とされ、幾許かの時間が過ぎ。



 跳ねる吐息をそのままに、シーツの海に沈みこんだふたりの耳元へ、古時計の音が静かに届く。
 逞しい腕の中、ルヴァが身動いでオスカーの貌を見上げた。僅かながら疑問を乗せて落とされる視線を正面から捕らえ、ゆるりと微笑むその表情に、秘色の瞳が魅入られる。名を呼ばれて漸く我に返り、苦笑と共に首を傾げてみせるオスカー。その頬へ手を伸ばし、鮮やかな笑みを湛えたルヴァがそっと囁く。
「……誕生日…おめでとう、ございます…」
 ややして返された笑みはとても穏やかで。ありがとう、という呟きと共に廻された腕へ手を添え、青鈍の瞳が伏せられる。



 誰よりも早く貴方へ。
 誰よりも早く貴方から。



 この地にあっては意味を失くした年月を、この日だけは強く身近に感じて。それはきっと、本当は辛いことだけれど、それでも大事にしたいという欲求に駆られてしまう。
 ―――――――今までで、一番愛した、ひとだから。



 身体へ緩く、廻されていた腕が、ゆるりと動き始めた。小さな笑みを喉の奥に隠し、首を捻ってルヴァがオスカーを見遣る。
「……まだ、ですか…?」
「………足りる訳がない」
 あっさりと言い切る、少し年下の紅い髪をあやすように撫で、照れたようにはにかむとそっと瞼を落とす。今日だけ、と呟く彼に、今日だけなのか、と不服そうな声が返された。
 緩やかに部屋を満たしていく、ささやかな微笑い声。
 窓の外では、しんしんと、ただ雪だけが舞い降りていた。





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