商人様誕生日記念 重症患者の倖せな末路 〜 1 〜 |
露天を開くときはいつも『此処』と彼が決めている場所。ルヴァの私邸から程近い、ちょっとした木立が日陰を作るそれには大きな理由があった。……曰く。 『ルヴァ様になにかあったら、いっちゃん先に駆けつけなあかんから』 糞真面目な顔をして講釈を始める商人の姿を、幾度目にしたことだろう。そんな姿さえ好ましく見えてしまうのだから、存外病は重い。かなりの重症だと言える。 人懐こい笑みと滑らかな話術。彼の周りには集まる人も多く、ルヴァは時々胸をきつく押さえなければならない羽目に陥ってしまう。 「やっぱり末期ですかねぇ…」 はあぁ、と溜息をついていると、間もなく舘に到着する。 ぱらぱらと降っていた筈の雨は、今や篠つくような土砂降りに変わっていた。 当然の如く濡れ鼠になってしまったふたりは、互いの顔を見合わせて苦笑する。 軽い掛け声とともにチャーリーは大きな荷物をよっこいしょと床に置くと、取り合えず中身の確認をし始めた。濡れたままでいいものも悪いものもある。場合によっては応急処置や乾燥が必要になってくるので、ルヴァに促されるまま暖炉のある居間へと荷物を移し点検を再開した。 人を呼び暖炉の火をおこしてしまうとやることがなくなり、かといって点検をしている彼を独り残して着替えに行くのも躊躇われて、ルヴァは渡されたタオルで髪や顔を拭きながら、居心地悪そうに火にあたった。自分の私邸なのだからもうちょっと堂々としていてもよさそうにみえる。逆を言うと、そうでもないところがやはりルヴァらしい。 「よっしゃ、点検終了〜〜」 床の上にどっかと腰を据えたまま、おどけたように大きな声を張り上げて背伸びをする。濡れた服が身体に張り付いて気持ち悪いことこの上ない。 うへぇ、と顔を歪めながら、傍に来たルヴァを見上げる。 「あの……風呂、貸してもらえません?」 「御風呂?」 一瞬後に、ぽん、と手を叩いてルヴァはにっこりと微笑った。ついついそんな表情にも見蕩れてしまい、逆に顔を覗き込まれてしまう。 「風邪を引いてしまうといけませんからね、使ってください〜」 「ほいじゃ、いきましょか」 立ち上がりざまルヴァの腕を取り、湯殿へ歩いて行こうとする。慌ててそれを押し止めると、青鈍の瞳に怪訝な光を映し首を傾げてみせた。 真正面に立ち、じっと青鈍の瞳を見詰める。僅かに首が後ろへと引かれるが気にしない。もう少し、あとほんのちょっと近付くと、疑問が揺れる瞳にチャーリーはにっこりと笑ってみせた。 「濡れたまんまやと、風邪引きますでしょ?」 言葉も無くこくりと頷くルヴァの、まだ少し濡れた髪に触れてみる。 「やから……一緒にはいりましょ」 まん丸に見開かれた青鈍の瞳。面白そうにそれを見詰める人懐こい瞳。 吃驚して固まったままの彼をお構いなしにずるずると引き摺り、湯殿へと連れて行く。チャーリーはともかく、ルヴァの方が風邪を引いてしまうのではないかと気を揉んでのこと。半分は本気、半分は狙ってやっている辺りが確信犯。 |