使用人たちに一連のやりとりを一切感知されなかった奇跡に感謝をしつつ、よくもまぁここまで長時間固まっていられるものだと感心すらしながら、大きな姿見の前でルヴァの胸元服の合わせに手を掛ける。ここでようやく、止まっていたルヴァの時間が動き出した。
居間に居たものだとばかり思っていたのか、きょろきょろと辺りを見回す。此処が何処なのかを必死に把握しようとするその様子すら可愛くて仕方が無い。
「えらい重症やなぁ」
苦笑しながら小さく呟くと、おろおろしているルヴァの頤に手を掛けてくっと上向かせた。そのまま浅い口付けを2回、深い口付けを1回。
「あ、なた、いったいなに、を……っ」
なおも口付けようとする顔を焦って押し退けようとする行動の理由は、使用人達に見られてしまうのではないかという危惧。その動きを上手く封じながら更に口付けを落とし、チャーリーはルヴァを抱き締めた。
「そない慌てんでも大丈夫ですよ、此処、風呂場ですから」
「…え……?…」
はたと動きを止めて辺りをゆっくり見回す。更に半分肌蹴られた自分の胸元を見下ろして大きく息を吸った。
「……っあぁ…〜〜〜っっ」
顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる彼がやっぱり可愛くて、もう一度ぎゅうっと抱き締めた。
柔らかい頬に唇を押し当てると、すうっと真面目な顔になってルヴァの顔を覗き込む。
「ルヴァさま」
突然落とされた神妙で真面目な声に、ぴたりとルヴァの抵抗が止む。身体を引きながらも、様子の違う彼に視線が合わせられる。
「さっき、大事な大事な商売道具片付けるの、手伝ってくれましたやろ?」
確かにそれは手伝った。こくりと頷くルヴァを確認して、チャーリーは更に続ける。
「大事なもんを護ってくれたおひとが、その為に身体壊すようなことになったら、申し訳なくて仕方ないし」
現状からどうにかして逃げようとするルヴァ。そんな彼を言いくるめようと言葉を捜すチャーリー。それが判っていて素直に嵌るのも面白くない。ふるふると首を振って、ルヴァが口を開いた。
「ですが、あれは私の好きでやったことですから、貴方が気に病むことは全然……」
「そない言われても、気にするもんは気にしてまうし」
台詞を半ば遮るようにして言い募る。う、と上目遣いで黙るルヴァに、またひとつ口付け。
「それに…大事なおひとがそないなってしまったら、自分が許せへん」
「ですが……」
絶対に引かないだろうと判っていても、やはり要求されているものがものだけに、なかなか素直に頷けない。視線を落としてぐるぐると考えていると、耳元に唇を寄せ吐息交じりの声で囁かれた。
「ルヴァさまのこと、めっちゃ好き」
びく、と肩を震わせ、目をぎゅっと閉じてしまう。そのまま首筋に唇を寄せられて、目が開けられなくなる。
「好きなひとのこと、大事にしたいだけ……な、ええでしょ?」
甘い言葉にくらくらと眩暈を感じながら、廻された腕を掴んでいる手に力を入れた。こくんと息を呑み、ようやっと顔を上げ首を傾げる彼を見上げる。
「貴方ってひとは……本当に」
溜息と言外に込められた意味に気付いたのか、ぷぅ、と膨れて更に強く抱き締められてしまう。すりすりと頬を寄せられて、くすぐったいやら恥ずかしいやら。自然と顔が紅くなってしまう。
「つれないこと言わんで〜……本当に、大事にしたいと想うとるだけやないですかっ」
「……それだけじゃ、ないんでしょう」
ぼそりと呟かれた言葉に、チャーリーの動きが止まる。えへへ、と少しだけ照れたように微笑う彼の胸に、ぽすんと頭を預けた。
漸く腕の中に預けられた身体をもう一度両腕で抱き締める。つい先刻までの強引なくらいの抱擁とは少し雰囲気を変えた彼を苦笑しながら見上げ、その胸にするりと頬を寄せると溜息をついた。
「また〜……溜息、ついてはる」
少しだけ悲しそうに口を尖らせるチャーリーの台詞に被さるように、ルヴァの声が零れる。
「……いいですよ」
「え」
ルヴァを抱き締める腕の力が僅かに緩む。ぽかんとした貌を腕の中で苦笑する彼の人に向ける。
「どうしたんですか?…気が変わったのなら、ひとりではいりますよ〜」
「え、あ、ちょ、ちょっと待ち〜〜っっ」
緩んだ腕の中からするりと抜け出そうとするルヴァを引き止めるようにぎゅうっと抱き締める。その勢いにぐっと息を詰めた彼に慌てて力を緩め、けほけほと咳込む口元、涙が少し滲む目元に口付けた。
「その…ええのん?」
頬を手の平で包み込み貌を覗き込む。こつんと額を合わせ、視線まで合わせられて、気恥ずかしさからかルヴァは更に貌を紅くした。
「そう、したいんでしょう?」
正直に、大きく縦に振られる彼の頭を見ながら、困ったように眉を寄せ、それでも確かに口元を緩める。割広げられていた肩口から手を差し入れて、すとんとルヴァの上衣を腰まで落としてしまう。身体を離したままではやはり恥ずかしいのか、少し高い位置にあるチャーリーの肩へ腕を伸ばして身体を寄せた。
首筋に唇を寄せて口付ける。小さく音を立てながら胸へと降りていく翠の髪を見下ろしながら、少しづつ上がっていく息を整えようと大きく息を吸った。ぱさりと下衣が落とされて床の上に蟠る。外気に晒される肌の感触にふる、と背筋を震わせた。
「……相変わらず、めっちゃ綺麗…」
溜息混じりに落とされた言葉に照れたような笑みを浮かべる。
「そんなことないですよ〜」
「そんなことあります!」
正面からじっと見詰めて力説。それに苦笑する間もなく抱き上げられてしまい動揺するルヴァの頬にチャーリーはそうっと口付ける。
照れたようにくすりと笑いあうふたりの姿が、湯殿のなかへと消えていった。
◇ ◇ ◇
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