出会い頭に返されるにこやかな挨拶、いつも本を手放さず聖殿の廊下を歩いていく後ろ姿。会議のときに見せる真剣な表情、思いの外冷静かつ的確な助言を与える声。なにより、彼の人柄に。
「そうそう、『ベッドの中のルヴァ』も大好き」
「……そんな恥ずかしい事、真顔で言わないでください〜〜」
俗事に塗れず、いつまでも初心なところも好き。それでいて、『欲しい』ときはちゃんとそう伝えてくれる、そんなところも。
「…だから、ね。『全部好き』だよ」
些細なことで落ちこんで訪ねたとき、何も聞かず何も言わずにただ一緒に居てくれるだけで癒される、彼の存在そのものが、オリヴィエにとっては奇跡。
真っ赤に染まるルヴァの顔をちらりと掠め、絶えない笑みを零しながらふと思いついたことを口にする。
「ルヴァは、どうなの?…わたしの何処が気に入った?」
「え……」
逆に問い返されるとは想っていなかったらしく、一瞬困ったような表情を浮かべる。視線が合うと言い難かろう、とルヴァの額へ唇を寄せ、そのままもう一度先の台詞を繰り返す。
「……おやすみなさいっ」
「こーら、お逃げじゃないよっ」
オリヴィエの胸のなかへ顔を深く埋め、返答を逃げようとしたルヴァの肩をがっしりと掴むと自分から少し引き離す。照れているのか恥ずかしいのか、背を丸めなおも頑固に視線を合わさないようにするルヴァ。
「わたしにだけ言わせて、自分は言わない……なんて、ちょっとずるくなぁい?」
腕の中の身体が僅かに震えた。辛抱強く返答を待つと、ややして、小さな小さな声が微かに聞こえてくた。
「……もう少し大きな声で言って?」
怖がらせないように、優しい声と柔らかな抱擁で強張った肩を解していく。
「ルヴァ…?」
「その…貴方と、同じ……みたいです…」
「え?」
蒼の髪が揺れる。髪の間から上目遣いで見上げられ、またどきりとさせられる。
「明るいところも、楽しいところも……声も、それから、あの、ふたりでこうやって居るのも……その、どうやら、好き……みたいで…」
視線を泳がせながら必死に言葉を紡ぐその様子に、胸が締めつけられる。
「何でもしてあげたいですし、その……何でも、して欲しいなんて…想って」
「……ルヴァ」
気が付くと、腕の中にきつくルヴァを抱き込んでしまっていた。傍から見ているとただただ気恥ずかしいだけの台詞も、やっぱりふたりの間では睦言になってしまう。
「ありがと…ね」
「そんなこと、ないです…!……だって、いつも…」
ルヴァも両腕を大きく伸ばし、オリヴィエの背中へと伸ばす。直ぐ近くに、違いの吐息と鼓動。
静まり返った舘を震わせるように、居間の大時計が0時を告げる。
「あ…」
ルヴァが小さな声を上げる。更に腕を伸ばしてぴったりと寄り添うと、囁くように言葉を紡ぐ。
「オリヴィエ…誕生日、おめでとうございます……」
「…ありがと、ルヴァ」
ふたりで初めて祝う、オリヴィエの誕生した日。
素直に『誕生日おめでとう』という言葉を受け止められるのは、ほんとうに久しぶりのような気がして。不覚にもぽろりと涙が零れてしまう。
気が付いたルヴァが、やんわりと微笑んで首を伸ばす。
閉じた目許に、少しだけ湿った感触が通り過ぎる。
「……ルヴァ」
「一緒に、居ていいですか…?」
「ん……ずっと、傍に居て」
想い続ければ、不可能も可能になるかもしれない。そんな詮無い事を想いながら。
「わたしも、ずっと傍に居るから……」
温もりを確かめながら、安らかな眠りがふたりを包み込む。
時を失くしたこの場所で、確かに時を刻みながら。
了
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