光様誕生日記念
温もりの在り処




◇   ◇   ◇







「……ァス……ま………ュリ……ス……」





 腕のなかの彼はやはり何処か頼りなげで。





「…ジュ………ァ…ス…さ…」





 自分が護ってやらなければ、と幼いながらも強く思ったことを覚えている。







「ジュリアス様!」
「……っ…」
 ふと気付くと、文机の隣に立っていたはずのオスカーが訝しげな表情でジュリアスの貌を覗き込んでいた。
「ジュリアス様、大丈夫ですか?……やはり日の曜日にはお休みになられたほうがよろしいのでは…」
「いや、大丈夫だ。済まない」
 追憶から立ち戻り、今日が土の曜日だったことを思い出す。昨日までに終わらなかった執務を私邸へと持ち越しての処理の真っ最中。みっともないところを見せてしまったかと内心苦笑しながら、手にしていた羽ペンを再度滑らせた。
 幾束かの書類に目を通し、承認のサインを記す。 
「……これで、終わりだな」
 最後の一束をオスカーに手渡しながら、ジュリアスはひとつ息をついた。とんとん、と束を揃えて数を数え、軽く肯きながらオスカーが返す。
「お疲れ様でした」
「いや、お前こそ、折角の休日を割かせてしまってすまなかった」
 少し肩から落ちたローブを羽織り直しながら立ち上がったジュリアスは、そう言いオスカーに微笑みかけた。その光景を映した氷色の瞳が、僅かな驚きを湛えてやや見開かれる。それに気付かず金の髪を揺らして立ち上がった彼は、呼び鈴を鳴らして侍従を呼び茶の用意を言い付けた。
「少し休んでいくか」
 いつもなら間を置かず肯くオスカーが、この日は珍しく逡巡しそして首を横に振った。
「折角のお誘いですが……この書類を研究院へ届けた後、人と逢う約束がありますので、今日はこれで失礼いたします」
「そうか。……今日は御苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
 深々と頭を垂れてその場を辞すオスカーを見送るジュリアスの瞳は、やはり何処か穏やかな光を放っていた。





 光の守護聖の私邸を背に歩き出したオスカーが、ぽつりと呟いた。
「……最近、よく微笑まれるようになった…」
 オスカーが聖地に召致された頃のジュリアスは、厳格を体現するかのような威容で首座の任についており、光の守護聖の名の通り非常に厳格で微笑った貌など殆ど見た事も無かった。
 時折誘われついていく乗馬の最中に薄く微笑むことはあったにしても、どこか余所余所しい雰囲気が付き纏っているように見えていた。
 つい先刻のような笑顔は、つい最近になってからのこと。
 ふいっと視線を泳がせたオスカーの口元が、無意識にゆるりと微笑った。
「ルヴァ、どうしたんだ、こんなところで」
 道の向こう、大きな包みを抱えたルヴァがこちらへと歩いてきているのが見えた。あと数歩で触れ合うくらいまで近寄り、彼の腕の中に収まっている荷物を面白そうに見下ろす。
「あ〜、オスカーじゃないですか。……貴方がここを歩いているということは、もう仕事は終わったんですかね〜?」
 肩を竦めて、道を塞ぐようにして立っていた身体を脇へ避ける。
「残っていたとはいえ、たいした量じゃなかったからな。今頃は寛いでおられるだろう」
 その言葉を聞いたルヴァの貌がにこりと微笑んだ。満面の笑みはほっこりと柔らかく暖かくて、思わず見惚れてしまう。
「それじゃ、失礼しますね〜」
 年上とは思えない程の腰の低さでぺこりと頭を下げると、オスカーの隣を通り過ぎていく。大きな荷物に時折よろめく後姿を見送りながら、広い肩をもう一度竦めて見せる。ルヴァの向かう先にある首座の私邸と、彼の後姿を交互に見送りながら、やはり口元には無意識の笑み。
「あんな顔を見せられては敵わないな」
 誰にも聞こえないくらいの声でそう呟くと、オスカーはルヴァの後姿を見送りながらもう一度苦笑した。



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