彼が初めてルヴァの私邸の庭に植えた花、彼が初めてルヴァへ贈った花が、今年もまた咲いた。
彼が此処から居なくなってから、初めて咲いた白い花。今までにも幾度か見ている筈のその花が、どうしてだか今までよりも綺麗に見えて、ルヴァの口元が緩んだ。
ひっそりと慎ましやかに、丸みを帯びてひらいた花弁の周り。細い糸のような葉が風に揺れて。此処で初めてこの花が咲いたときに彼が見せた、曇りの欠片も無い柔らかな笑顔を、まるで昨日のことのように思い出していた。
青々と茂った背の高い木々も、さわさわと梢を揺らす風も、あの日と全く変わらない。
花壇の脇、芝生の上にぺたりと座り込み、少しちくちくと手の平を突付く芝を幾度も撫でながら、優しい笑みが白い花を包み込む。
大きく花弁を開いて空を仰ぐものも、まだ固い蕾のままじっと時を待つものも、そして、今にも花開こうと綻びかけているものも。皆一様に細い葉を風に任せて揺れている。
風の香りも、土の匂いも、あの頃と変わらない。
「貴方だけが、居ないんですねぇ……」
溜息が風に乗り、遠く空で散っていく。暖かな日の光に、彼の背に靡いていた黄金の髪を思い出す。
全てが女王陛下の御心のままに在る聖地。その聖地にあって、彼から贈られたこの白い花は、毎年忘れず変わらずに花を咲かせていた。咲いた花を見つけるとその朝のうちに彼に知らせ、その日は庭先へテーブルを出して一緒に御茶を飲み、色々なことを語り合った。
晴れの日は、日の光の中、風と緑を感じながら。
雨の日は、滴るテラスで、雨の匂いと濡れた情景を眺めながら。
幾度も、幾度も。
そっと手を伸ばして、花弁に触れてみる。しっとりとした触感に目を細めながら、するりと指を滑らせる。戻した指先がなんだか冷たいような気がして、そっと唇で触れた。一瞬の冷気と、湧き上がる温もり。
零れる、笑み。
この花が咲いて、散り、新しい株が初めて取れた時。丁度訪れた誕生日をふたりきりで祝ったこと。そのとき初めて触れた彼の唇が、目の前の花弁と同じようにほんの少しだけひんやりしていたこと。また思い出して、ルヴァの瞳が揺れた。
変わらずに咲くことを忘れない、怖れないこの花が咲く。それを目印にして、毎回祝った誕生日。
一週間前に降りた惑星の歳若い神官が、昨日再び訪れたときには壮年の紳士になっていたときに、『聖地に在る』ことの重さを思い知らされたけれど。喩え何処に居ても、歳は必ず重ねていくものだから。
せめて、たったふたりでも、一緒に歳を重ねていこうと決めた、遠い日の星降る夜。
それさえも、今はもう遠いけれど。
それでも、忘れられない。
この白い花が、葉を伸ばし、蕾をつけ、花開き、儚く散り、株を残す頃。彼の誕生日が、来ることを。
……決して、忘れない。それが、たったひとつの誓い。
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