品性様誕生日記念
想い出は胸の奥に







 遠くで、賑やかな音楽が奏でられている。窓から風に乗り部屋の中へと流れ込んできたそれに耳を傾け、そよぐ梢を眺める。と、こんこん、と軽い音が響き、薄く開けられた扉から優しい笑顔が部屋を覗きこんだ。
「あら、やっぱりまだ部屋にいらしたのね。……もうすぐフェスタに出かけますから、仕度なさってね」
 かたりと椅子を立ち、扉近くに立つ人影に笑みを返した。
「もうそんな時間だったのですね、済みません母上。すぐに仕度して表に行きます」
 柔らかな微笑みと共に閉まる扉を見届け、踵を返して姿見へと脚を向ける。
 姿見の隣に据えられた箱から道具を取り出し、目許のラインを引き直す。纏めた髪に飾られた羽飾りを見直して椅子の背凭れにかけられた式典用の上着を取ると、部屋を後にした。
 緩く弧を描く階段を降りた先には、彼を待つ弟と両親の姿。
「済みません、お待たせしました」
「それじゃ、出かけましょうか」
 幾人もの護衛が4人を取り巻く。玄関先に待っていた豪奢な馬車に乗り込むと、フェスタ開催の知らせを街中に告げる花火が鳴り響く広場へと、静かに馬は走り始めた。



 ぽん、ぽんっ、と幾つも打ち上げられる花火。楽団が練習しているのか、それとも前祝代わりの演奏なのか、祭のときによく使われる曲がまた風に乗って流れ聞こえてきた。馬車の窓の外、流れる景色をなんとはなしに見ながら、灰青の瞳がほんの少し昔の出来事を思い出していた。





◇   ◇   ◇






 膝に抱えた竪琴を器用に弾いていく指先。繊細な指捌きと、時には情熱的に、時には悲しげに、緩急をつけて奏でられる曲。弾き手を取り囲む者総てが、その音色と旋律に意識を委ね思いを浸らせていた。
 きゅい、と弦を鳴かせて指が離れる。一瞬の間を置いて零れる拍手。金の髪を跳ね上げて第一声を落としたのはオリヴィエだった。
「やだもう、ティムカちゃんってば素敵じゃない〜っ」
 今にも抱きつかんばかりの感激の仕様に些か警戒して腰を引きながら、ティムカは過分な賛辞に肩を竦めた。
「いえ、そんな、ちょっと齧っただけですから、たいしたことはありませんよ」
「いいえ、これだけ弾ければ素晴らしいですよ、ね、ルヴァ様」
 音楽を嗜む者としてやはりこちらもいたく感動したらしいリュミエールが、彼らしくなく幾らか興奮したような面持ちでルヴァに同意を求めた。そうですねぇ、とにこにこしながら幾度も頷くルヴァ。少しだけ困ったような面持ちで、照れたように微笑むティムカ。少し離れたところから、椅子に座りブラックのコーヒーを啜るゼフェルが茶々を入れる。
「おっさんたち寄って集ってなにやってんだよ。……そいつ、困ってんじゃねーかっ」
 片眉を上げてオリヴィエがゼフェルへと視線を向ける。ふいっと視線を外す銀の髪ににやっと意地の悪い笑みを浮かべながら、ついっと立ち上がって後ろから羽交い締めにする。
「ゼ〜フェル〜〜ッ?あんたティムカちゃんにはやけに優しいんじゃなァ〜い?」
「っば、かやろっ!抱きつくんじゃねーよっ!気持ち悪ィッ」
 ばたばたばた。暴れるゼフェルを面白そうな顔で眺めながら更に力を込めるオリヴィエ。少し離れたところにある椅子に座ったままのリュミエールが、少し困ったようにやんわりと笑った。
「あの〜……ティムカ?」
「え、あ、は、はいっ」
 困惑顔でふたりを見ていたティムカは、突然話し掛けられてわたわたと驚く。
 転じた視線の先で、ルヴァがゆるりと微笑っていた。
「今の曲を……もう一度、聞かせていただけませんか?」
「今の……ですか」
 こくりと頷き、僅かに首を傾げてみせる貌に思わず見惚れてしまう。優しげな、何処か神々しさまで感じるような、微笑み。
「…ええ、喜んで」
 少しだけ緊張しながら、ティムカが弦へと指を伸ばした。ぽろん、と音が転がり落ちる。ほぼ同時に、がたがたと騒いでいたふたりの動きも止まった。
 奏でられる曲。満ちていく優しい雰囲気。
「……やっぱり」
 何事か呟いたルヴァの声に気付き、ティムカは弾きながら視線を流す。問うようなその視線に気付いたルヴァが、微笑いながら小さい声で囁いた。
「私の故郷の音楽に…似ているんです。とても……とても、好きな曲なんですよ」



 とても、とても、好きな―――――――



 一瞬だけ、弦を弾く指が震えて、空気に融ける瞬間、丸い音がふわんと揺らめいた。





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