蛹が孵化する日

〜 1 〜





「マルセル、これどこに運んだらいいんだ?」
「あ、それはね、そこの樹の根元に置いといてくれる?」
 両手で大きな鉢を抱え一歩一歩慎重に歩いていくランディを見送りながら、苗の入った平たい箱を手元に引き寄せる。
「そろそろ御茶にしませんか?」
 頭の上に影が落ち、声がかけられる。振り仰ぐと優しげな青鈍の瞳が笑っていた。応えを促すように傾げられる顔を見ながら、笑みを返す。
「この苗を植えてからにしたいんですけれど……駄目ですか?」
 あまり大きくない瞳が、更に細くなる。
「いいえ、それじゃあ終わる頃に淹れましょうねぇ」
「はい!」
 返される元気のいい声に、ルヴァはにっこりと笑った。



 がちゃがちゃと工具の音も五月蝿く現れたゼフェルが、工具箱を重そうに地面へと下ろす。腰に手を当ててひとつ溜息をつくと、一心に植え替えをしているマルセルの頭をこつんと小突いた。
「おい、スプリンクラーの調整、終わったぞ」
「あ、ゼフェル!ホント?さっすが、早いね〜」
 紅い瞳が少し歪んだ。満面の笑みを浮かべて喜ぶ金髪から視線を反らしそっぽを向いてしまう。
「あんな古くせー奴、オレ様じゃなきゃ直せねーよ」
「ゼフェルはとっても器用だもんね〜」
 ぺたりと地面に座り込んだままゼフェルを見上げてにこにこと賛辞を贈るマルセル。ちらりと一瞥し、肩を竦めながら工具箱に手を伸ばす。
「たまには手入れしろよ?」
「うん、調子悪くなったらまたゼフェルのとこにお願いにいくから、よろしくねっ」
 立ち去りかけた銀髪がばばっと振り返る。
「てめ、オレにあのポンコツの面倒この先ずーっと見ろってーのかっ?」
 大きくこっくりと頭を縦に振る菫の瞳に、ゼフェルの怒声が降りかかる。それも何処吹く風といったふうにしれっとしているところは流石に慣れが入ってきている所為だろうか。



 今度は植え替えを手伝って欲しいというマルセルの言葉に、厭そうな貌をするゼフェル。片眉を上げ肩を竦めながらも腕捲りする辺り、やはり時の流れというものは偉大だと言える。半ば三つ巴の喧嘩は、相変わらずだったけれど。



 さわさわと、頭上から葉擦れの音が降りかかる。背中を立派な幹に預けて、わいわいと賑やかに土弄りをする3人を眺める。
 ふと、青鈍の瞳が黄金の髪を見詰めたまま止まった。
 蜜色というよりは色素の薄い、光に融けてしまいそうなほどの柔らかな黄金の髪。額に落ちる金糸の間から覗く瞳は、夜と朝の境目のように淡く深く色を湛える菫。先回の女王試験から随分と時が過ぎ、幼さが勝っていた頬の線もややすっきりとした直線に近くなり、あどけなかった目元には涼やかさが増しているように見える。子供から大人への転換期。その危ういバランスに、つい目を奪われてしまう。
 ぼんやりと眺めるその横顔、その面差しになんとなく重なる影を感じて、自分の記憶の底を攫う。鳶色の眼差しに蜜色の長い髪……長身痩躯の、優しい兄のようだった、彼。
「カティス、ですか…」
 無意識に口に上る名前。面倒見の良い、まるで本当の兄のように接してくれた、頼もしい『前』緑の守護聖。



 同じ力を司る者は、その心の核となる部分の容がやはり似ているのだろうか。守護する力に通じる性質が特に突出した者が、その力の守護聖として選出される。つまり、同じ力を守護するということは、当然その心の持ち様にも通じるところがあって然るべきなのかもしれない。
 個々が歩んできた歴史が、その核の外側にオブラートのような薄い膜となって幾重にも絡みつき、それぞれの心を形成していく。出来上がった『心』は一見異なった姿をしているように見えるけれど、素の時に垣間見える心の彩はとてもよく似てしまう。
 目の前で一生懸命に植え替えをしているまだ幼さの残る緑の守護聖と、今は何処に居るともしれない前緑の守護聖も、思い返せばやはり似ていると思う。……同じ力を司る「故」に。





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