A SUNNY SUNDAY |
Luna様 |
あるよく晴れた日の曜日の朝。「品位」を司る教官ティムカは、執務室で飼っている熱帯魚に、えさをやっていた。 すると、ドアをノックする音が聞こえた。 「あれ、こんな朝早くからだれだろう…」 そう思いながら彼はドアを開けた。 「おはよう、ティムカ!」 「ああ、マルセル様方…!」 そこに立っていたのは、緑の守護聖マルセル、風の守護聖ランディ、鋼の守護聖ゼフェル、そして占い師のメルであった。 「こんな朝早くから、みなさんお揃いで、いったいどうしたのですか?」 「どうしたって、ティムカ、外をみてごらんよ!今日はすっごくいい天気だよ!だから僕どうしても外に遊びに行きたくなっちゃって。あのね、聖地には晴れた日だととっても景色が美しくて空気が気持ちいい、丘があるんだよ。ティムカ、まだ知らないでしょ?」 マルセルがそういうと、ランディも続けた。 「そうさ、それに君はまだ聖地に来て間もないだろ?それに君は俺たちと同じぐらいの世代だし、これを機会に、君に聖地のことをいろいろ知ってもらいがてら仲良くしたいと思ってさ。」 「つまり、こーいうやつらのために、俺までこんな朝っぱらから連れ出された…ってわけだ。…まーったく、眠いったらないぜ、ふぁああ…」 「あっ、ゼフェル、来たくなかったら別に帰ってもいいんだよ。」 「い、いやっ、そーゆーつもりじゃなくてだな…!」 「ゼフェルの「つもり」は、わかりにくいんだよ。自覚してる?」 マルセルとゼフェルのやりとりに、ティムカはくすりと笑いながら、心の中で密かに、とても親切な心遣いをしてくれる守護聖達に感激していた。 「…お誘いいただいて、ありがとうございます!」 「そーと決まったら、早く行かなくちゃ!」 占い師のメルが、待ちきれないといった様子で言った。 聖地の、とりわけよく晴れた日の曜日は、ここの豊かな自然が陽光を浴びていきいきと輝いて、鳥たちが美しい歌声の合唱を聞かせ、まさに「この世の極楽」と呼ぶにふさわしい雰囲気であふれている。緑の守護聖であるマルセルは、こんな雰囲気に身も心も浮き足だっているようで、歌をうたい、スキップをしながら、みんなの先をどんどん進んで行く。 「おいおいマルセル、そんなにはしゃぎすぎると危ないぞ!」 ランディがそう言って、マルセルを呼び止めようと叫んだ。 ティムカは、そんな二人の様子をにこにこと眺めながら、大きく深呼吸を一つして、このよく晴れた日の曜日を身体いっぱいに感じながら歩いていた。その横で、ゼフェルがいかにもまだ眠くて仕方ないといった様子で大きくあくびをしながら、ティムカに話し掛けた。 「…しっかし、おめーもほんと早起きだな。いつもこんなに早く起きてんのか?」 「おまえが夜更かしの朝寝坊なだけだろう、ゼフェル。」ランディが口を挟んだ。 「あーっ、おめーは黙ってろ!」ゼフェルが切り返した。 ティムカが、にこっと微笑みながら言った。 「ええ、僕、物心ついたときから毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きてるんです。朝は午前6時、夜は午後9時って。」 「ええーっ!?」 ランディ、ゼフェル、メルがそろって驚きの声をあげた。 「それって…ひょっとして君の国の人はみなそうなのかい、ティムカ!?」 ランディが目を丸くしてたずねた。 「いや、そういう訳ではないんですけど…なんか僕、そういうふうに生活のリズムを毎日きちんと整えていないと、気分的に悪くって。未来の国王たる…あっっ、いえっ、何でもないんです!」 「…でもよー、午後9時に寝るだあ?…おめー、ひょっとして、夜更かししたことねーのかよ?」 「…ないですね。毎日午後9時になると、僕の大好きな童話の一節を朗読し、それから神様や両親に感謝のお祈りを捧げて、眠りにつくことにしているんです。ここ聖地に来てからも、これだけはきちんと守ろうって心がけているんですよ。」 ティムカがそう言うと、ゼフェルはいぶかしげな顔をした。 「しかしよー、そんなこと毎日やってて、おめー窮屈じゃねーのか?それによー、毎日決まった時間に寝起きするって、人間だから調子の悪い時だってあるし、用事があってはやく寝れない時だってあるはずだろ?おめー、病気の時とかも、ほんとに6時に起きてんのか?」 「あ、あの、僕……。」 ティムカはちょっと悲しそうな顔をした。 「ゼフェル!!からむのはよせよ!」ランディが叫んだ。 「俺は…なんか信じらんねーぜ、そーいう性格。」ゼフェルがくるっとそっぽを向いて言った。 「そう…ですか。…やっぱり、僕って変なんでしょうか……。」 ティムカが、一層悲しげな表情になって、うつむいた。 「いい加減にしろよ、ゼフェル!」 「ああ…もう、やめてください、皆さん!」 ランディがゼフェルにつっかかろうとすると、それまで黙って聞いていたメルが、あわてて間にはいった。その目には少し涙が浮かんでいた。 「もう…やめてくれませんか、皆さん…。こんな所でけんかされちゃうと、せっかくのこの美しい景色も、だいなしになっちゃう…。それに、メルね、皆さんの相性とかをみたりおまじないとかをする占い師だけど、皆さんが仲たがいしているところをみるのって、一番辛いの。なぜって、皆さんの人間関係がメルのお仕事によって、少しでも良くなりますようにって、そういつも思いながら、メルお仕事してるから……。」 そういって今にも泣き出しそうなメルの肩にそっと手を置いて、ティムカがにっこり笑って言った。 「メルさん、すみません、あなたを悲しませることしちゃって…。確かに、人にはいろいろな考えの人がいますからね、僕も、そのことを考えず、ちょっと自慢げに話しすぎたかもしれません。だから、泣かないでください、メルさん。さあ、もうこの話はやめにしましょう。この美しい景色とか、もっと楽しい話をしましょう!」 「…そうだな。ごめんな、メル。」ランディも同意した。 ゼフェルは、ばつが悪そうにふん、といってそっぽを向いた。 そこへ、先を歩いていたマルセルが駆け寄ってきた。 「ねえねえ、ホラ見て、すっごくきれいな虫さんを見つけたんだ!」 そうやって広げた彼の手のひらの中には、虹の七色に光る、貝殻のような昆虫が動いていた。 「…おめーなー、仮にももう14なんだから、いい加減その"虫さん"とかゆーのやめとけよ。」 ゼフェルが苦笑するその横で、ティムカが感嘆の声をあげた。 「うわあ…なんて美しい!こんな美しい昆虫、僕、生まれて初めて見ました!」 「へへっ、それもそのはず、この虫さんはね、僕たちがこれから行く丘にしかいない、すっごくめずらしいものなんだよ。この虫さんが飛んできたってことは、みんな、丘はもうすぐだよ!」 さてその頃。宮殿の中の、マルセルの執務室の前では、当惑した表情をしたアンジェリークが、しきりに執務室のドアをノックしていた。 「…おかしいなー、マルセル様、お留守なのかしら…。今日は約束してた日の曜日だから、朝一番で来たつもりなのに……。」 「あれー、アンジェリークじゃない!」 「あっ、レイチェル!」 アンジェリークが振り向くと、そこにはテニスラケットを抱えたレイチェルが立っていた。 「ねえ、レイチェル、マルセル様見なかった?」 「えー?全然見てないけど…ひょっとしてデート?」 「うん…、そのはずだったんだけど、執務室にいないみたいなの…。」 「アナタもなの?私もさあ、実は今日ランディ様と一緒にテニスをする約束をしてたんだけど…執務室に呼びにいっても、いないみたいなのよねー。変だなあ…。」 ふたりがはーっ、とため息をついていると、またまた背後から声がした。 「あー、そこにいるのは、アンジェリークにレイチェルではありませんか?」 「あーっ、ルヴァ様!!」 振り返るとそこには、地の守護聖ルヴァが、両手に何やら資料らしき物をいっぱい抱えて立っていた。 「こんなところで二人おそろいで…いったいどうしたんですか?」 「え…えっと…その…。」 ルヴァがたずねると、アンジェリークとレイチェルは少し口篭もった。 「…まあ、言いにくいというのでしたら、無理に聞くのはやめときましょう。…ところで、お二人とも、今お時間の方はあいてますかー?あー、もしよろしければ、今私は王立博物館で、展示物や資料などの整理をしているところなのですが、一緒にご覧になりませんか?」 ルヴァがそう言うと、アンジェとレイチェルは互いに顔を見合わせて言った。 「ねえ、レイチェル、何だか面白そうじゃない?行ってみようよ!」 「…そうね。こういう所って、こういう時でもなくちゃめったに入れないもんね!」 「ぜひ連れていってください、ルヴァ様!」 アンジェがそう言うと、ルヴァは目を細めながら嬉しそうに言った。 「お二人とも来て頂けるなんて、なんだかとても嬉しいですねー、うんうん。…では、さっそく参りましょうか。」 …マルセル達一行は目指す丘に着いた。その丘は、色とりどりの美しい花が咲き乱れ、珍しくて美しい色彩の虫たちがキラキラと舞う、筆舌に尽くし難いくらい美しい場所であった。 ティムカは、自分の生まれ故郷とあまりにも違うその色彩豊かで美しい風景に、しばし我を忘れて見入っていた。 メルが駆け寄ってきた。 「ねえねえ、あそこの木に、とってもいい香りのする実がたくさんなっているよ!」 すると、マルセルがとても嬉しそうに言った。 「あ…あれって、多分ひょっとすると、この聖地にしかならない"伝説の木の実"かもしれないよ!さっそくいってみようよ!」 メルとマルセルは、一目散にその木めがけて走っていった。 「おおーい、ちょっとまてよ、二人ともー!」 ランディも、二人の後を追いかけていった。 残ったゼフェルとティムカは、そんな彼らの様子を黙って眺めていた。ゼフェルが、ため息交じりに言った。 「…ったく、あいつら、いつまでたってもなんかこう、ガキくささがぬけねーんだからなー。」 ティムカがくすりと笑うと、ふとゼフェルと目が合った。ティムカは、やや寂しげに微笑みながら、少し目を伏せた。 「…ティムカ。」 ゼフェルが、ぽつりと言った。 「…おめーさ、オレ達から見てると、なんかこー、まだ肩に力が入ってるような、窮屈そうにしてる感じがすんだよなー。」 ティムカは思わずはっとした。 「まー、おめーの気持ちもわかるけどよ。いきなりこんなとこに連れてこられて、女王候補の教官やれなんてな…。けどよ、ここ聖地に来ちまったからには、そーいうのって損だぜ。」 「…僕、自信がなかったんです。僕みたいなのが、あなたたち守護聖様たちにまじって、女王候補を指導するなんて大それたことができるのかどうか…。」 「守護聖だとか、そうでないからとかなんて、そんなの関係ねーよ。おめーがここに連れてこられたって事は、おめーにそれだけの実力があると、女王が認めたからじゃねーのか?…とにかく、ここに来た以上は、オレ達に遠慮なんかするなってことだ。ヘタに遠慮されるよりは、本音ぶつけてもらったほうがずーっとましだぜ。まあ、そういってもおめーもいろいろやりづらいことはあるだろうけどな…。ま、がんばれよ。」 ティムカは涙が流れそうになるのを必死にこらえていた。聖地に来てからというもの、口や態度には出さないものの、その性格ゆえ何かと孤独感や不安感にかられることの多かったティムカにとって、守護聖達がこのように気を遣ってくれていることがとてもありがたく感じると同時に、守護聖とか普通の人という区別なしに接してくれる彼らに、感動していた。 そんなところへ、「伝説の木の実」をいっぱい小脇に抱えて、マルセル達が戻ってきた。あたりには、その木の実のかぐわしい香りがいっぱいに広がった。 「ねっ、こんなにたくさん取れちゃった!二人とも、食べてみてよ!すっごくおいしいんだから!」 ティムカは、その木の実を一つ取って口に入れた。豊潤な香りが、口の中いっぱいに広がった。 「ゼフェル、またティムカに何かからんでたんでしょ。」 マルセルが言った。ゼフェルが何か言い返そうとしたところへ、ティムカが間にわって入った。 「僕、今とっても嬉しい気持ちでいっぱいなんです。今まで、僕はあなたたち守護聖様方のことを、どこか近寄りがたい、僕たちなんかが気軽に接してはいけない崇高な存在なんだと思っていました。だけど、あなたがたは、みずからこうして僕のところに近寄ってくださり、そしてここまで気を遣ってくれているなんて…。」 「あー、もう、硬すぎるんだよ、おめーは…。」 ゼフェルが言うと、ランディとマルセル、そしてメルがすかさず付け加えた。 「ティムカ、ここに来た以上は、俺達は守護聖とか一般人などといった枠を超えた、『女王候補を良き女王になれるよう導いていく』使命をもった『仲間』なんだよ。だから、何も俺達に遠慮することなんてないさ!これからも、何かあったら、遠慮なく俺達に相談してくれよ。できる限りのことはしたいと思ってるからさ。」 「それに、聖地には、今日来たここ以外にも、まだまだ見せてあげたい所がいーっぱいあるんだよ。また一緒に遊びにいこうねっ!」 「メルもお手伝いするよ。困ったことがあったら、いつでもメルのところに来てね!」 ティムカは、満面に笑みを浮かべた。 「…ありがとうございます、皆さん!僕、この日の曜日のこと、ずっと忘れません!」 「はっ…。"日の曜日"と言えば…。…あーっ、しまったーっ!!」 「何だよマルセル急に…。」 「僕、今日約束があったんだーっ!」 「約束…?…あーっ、俺もだ!!」 マルセルとランディは、この時になってようやく自分達の日の曜日の約束に気づいたのだった…。 その日の夜、ティムカは故郷の父母へ手紙を書いた。 「…お父様、お母様。聖地の方々はみなとても良い方達ばかりです。僕も、安心して職務を遂行できそうです。だから、心配しないで下さいね…」 そして次の日の朝、マルセルとランディの執務室には、二人の女王候補に詰め寄られ、ただひたすら平謝りする二人の姿があったのだった…。 |
Fin |