砂の海に埋もれた種子
〜 2 〜
天斗






「ルヴァ?……んなとこでなにしてんだよ」
 オアシスの外れまで来てようやく追いついた影の持ち主は、やはりルヴァだった。首だけで振り返りにっこりと微笑む彼の隣りまで近付いて、ぽすんと座り込む。
「いいえ、なんでもないですよ〜。…あー、………それにしても、マルセルは遅いですねぇ…」
「寄ってたかって飲まされてんじゃねーの?……ま、守護聖相手に無茶するような奴は、あそこにはいねーだろーけどな」
 口調からやはり悔しさが抜けない辺り、まだまだ子供。くすりと笑うルヴァに、ゼフェルのきつい視線が飛んだ。


 外気温が、涼しいを通り越してだんだんと低くなっていく。湯から上がりたてのゼフェルはぶるっとひとつ大きく身震いして、戻ろうぜ、とルヴァに声をかけた。その言葉に頷いた筈のルヴァが、それでも相変わらず砂漠を眺めたまま動かないことに首を傾げる。青鈍の視線の先に広がる砂の海へゼフェルがふと視線を向けた時、ルヴァが小さく呟いた。
「……わたしの故郷に、よく似ていますねぇ…」
「……え?」
 思わず聞き返したゼフェルの方へ振り返り、ルヴァがにっこりと笑う。
「この砂漠はですねぇ、昔は青々とした緑の生い茂る森だったんですよ〜」
 思いがけない話に、目を丸くする。
「ホントか?」
 微笑んだままその問いに肯いて、話を続ける。
「森を切り開き耕地とする人の営みが、この砂の大地を生み出したんです」






 今は3つに分かたれているこの星の大地は、かつてはひとつだった。水と、豊かな緑と、多様な生命の息づいた大地。豊かな水源と共に様々な文明が華開いた地。それが、今で言う『砂の大地』であると、そう言われても容易には信じられないほどの変化を、この地は遂げてきた。
 長い長い年月を経た現在、広大な砂の大地の所々にかつての華やかな文明たちは、かろうじてその名残を留めている。豊かな恵み多き大地を取り込み、あらゆる文明を呑み込んで膨張していった砂漠。元を正せばそれは、豊かさを求める人間の行き過ぎた行為が原因だった。実り多き生活を夢見て、あるいはそれより他に居きる術を持たなくて。
 死の上に成り立つ生。死へと繋がる生。生きている限りその鎖から免れるものは何ひとつない。時としてその生すら呑み込んでしまう死。それが、この砂の海だった。そうして幾千もの想いを呑み込み幾億の嘆きを夜毎さまよわせながら、どこまでも流れていく。この地を吹き抜ける風に耳を澄ますと、そこに眠る朽ちかけた幾つもの夢や祈りが、聞こえてくるという。


 砂漠に呑まれた過去の文明や伝承等が、永の時の中で変貌を遂げ、精霊という形で語り伝えられることがある。人を惑わせる、或いは、常人にはない見識を与える、そういう存在として。


 ルヴァがまだ幼い頃、どうしても眠れない夜があった。ベッドの上に起き上がりぼうっとしていると、どうしてか父親の書庫へ行って見たくなり、こっそりと部屋を抜け出した。そしてなにかに導かれるようにある一冊の本を手に自室へ戻り、ベッドの中で夜が明けるまでその本を読みふけった。
 翌朝、ルヴァを起こしに来た母親は、ベッドの中で本を読んでいた息子の姿を見ると「ルヴァのところにも精霊が来たのね」と言って微笑み、頭を撫でてくれた記憶がある。


 ルヴァのなかで知識欲とも言えるものが芽生えたのは、その出来事が起きてからだった。乾いた砂があっというまに水を吸い込んでいくように、様々な知識を書物などからその小さな身体に取り込んでいった。実際、その知識からそれを利用する智恵に至るまで、同じ年頃の子供と比べてみても、実力の差は歴然としていた。もともと素養はあったのだろうが、歳が二桁になる頃には既に、並み居る大人、果ては高名な学者でさえも舌を巻くほどの智慧を身に付けてしまっていた。


 そして、精霊に肩を叩かれた、その為に、普通の人間としての生とは違った方向へと歩みを変える事になる。


 それから数年後のこと。聖地からの使者が来訪し、ルヴァが次代の地の守護聖となるべき人物であると告げたのである。惑星中のどの学者にも優る、広く深い見識を手に入れていたルヴァに白羽の矢が刺さったのは当然だ、と、その知らせを聞いた周囲の者は皆一様に喜んでいた。
 御伽話としてしか聞いたことのない、女王陛下のもとに集う9人の守護聖のひとりになれる。ルヴァはそれを、今まで知り得なかった様々な知識に触れることが出来る好い機会だ、というあまり子供らしくない考えを抱くような子供だった。人と接することに幾ばくかの不安を覚えたが、探求心に優るものはない。周囲が勧めたこともあって、すんなりと招致に応える形になった。
 そのときは、それが一番好い回答だと、そう信じていた。


 年上の守護聖達に囲まれながら過ごすうち、ちいさな疑問が胸のうちに湧いてきた。それは静まることも消えることも無く、気まぐれにルヴァの心にやってきては、彼を苦しめた。



『 ホントウニ、地ノ守護聖ハ、自分デ好カッタノダロウカ 』



 精霊が自分の肩を叩いたのは、只の気まぐれではないのか。単なる偶然ではないのだろうか。自分でなくてもよかったのではないか。自分ではないほうが好かったのではないか………。考えても詮無い言葉が耳から離れない。足元ががらがらと崩れ落ちそうで、夜中に大声をあげて幾度も飛び起きた。
 幼くして誰にも引けを取らない、いや、凌駕するほどの知識を手に入れていた彼を、人は『神童』のように扱った。彼自身も、身についていた知識が一種の枷になり、幼年期に形成されるべきものが形成されないまま歳を重ねる結果になってしまっていた。


 線が細く、今にも折れてしまいそうな風情の彼の身体。人とのコミュニケーションもあまり上手くはなかった。そして………人としての感情が、どこか抜け落ちてしまっている、不完全な自分。それでも波風を立てずに人と接することが出来たのは、人間の心理学とかそういったもの等を学問として身に付けていたため。理論だてて分析し、どう接したら好いかを推し量る。それが、他人から悪意を向けられないように自分を防護する唯一の手段だった。
 唯一、地のサクリアが満ちる図書室で文献を漁っているひとときだけが、ルヴァの心が休まる時。彼の他には誰も居ない、まるで砂漠のような、彼の心象風景。



『 ホカニ、ダレモ、イナイ 』



 いつしか現れた世話好きなある守護聖のお陰で、『 自分 』の欠片を見つけることができた。けれど、やはりそれはただの欠片に過ぎなくて。
 未だに、足元が崩れ落ちる夢を見て、夜中に飛び起きることが……ある。















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