七夕の戀




 返事をしようと貌を上げた地慧に違う誰かの声がかけられる。
「帝、あまり地慧を困らせてはいけませんよ」
「楼凛!」
 御殿に続く西の宮から現れたのは、現帝の幼い頃からの親友であり現在では執政の補佐を努める楼凛だった。御簾の向こうで、でも……、と呟く帝を苦笑しながら見やり、それから地慧へと向き直る。
「ここのところ根を詰めていらしたようですし、お疲れでしょう? ……今日のところは返して差し上げては如何ですか」
 御簾の奥の帝と目の前の楼凛を交互に見ながらおろおろとする地慧。確かによく見れば、目元も少し疲れているような雰囲気を纏っている。



 微かに溜息が零れる。それに気付いた楼凛が御簾の方へ貌を向けると、奥から鈴の鳴るような声が響いた。
「……そうね。地慧の身体のことを忘れてしまっていて、御免なさい。そんなに綺麗な織物を織ったのですもの、疲れているわよね」
 声音から、表情がありありと伝わってくる。実際、結構疲れてしまっていた地慧は、楼凛の言葉に感謝しつつ深々と頭を下げた。満足そうな貌をして腰に手を当て、楼凛はにっこりと微笑う。
「次の機会には、是非御一緒してくださいね、地慧」
「はい、喜んで」
 楼凛の言葉ににこりと微笑み、すいっと音も無く立ち上がる。扉の前へと歩み寄るともう一度御簾へと向き直り、ふたりに向かってまた深く頭を垂れた。
「本日はこれにて失礼致します」
 きいぃ、と開いた扉から地慧が退出し、ぱたりと閉じられるとほぼ同時に、楼凛が深く深く溜息をついた。
「まったく、あれほど地慧を独占しようとしてはいけないと言ったじゃないの」
「だって〜」
 途端にふたりの言葉が崩れる。旧知の仲であると直ぐに知れるようなやりとりは、言葉自体は些か乱暴だけれど、仲の好さを十分に知らしめて余りあるものだった。
 まぁ、貴方の気持ちも判らないではないけれど、と一言付け加える。
「それにほら、明日は……大事な日じゃない」
「それは…そうだけど」
 一度機織にかかると、織りあがるまで地慧は部屋から出てこない。今回織り上げたものは非常に手の込んだものだったため、この謁見すら久方振りだった。だからこそ、気に入りの彼と久しぶりにゆっくり話もしたいし顔も見たい、と思ったのだが。地慧は現帝のお気に入りだということは周知の事実であり、聡い楼凛にはやはり頭が上がらない。



「もう、あれから1年経ったのね」
 遠く物思うような帝の声に、楼凛がこくりと頷く。帝だけではない、天界の誰からも好かれていた地慧。彼が特定の誰かに想いを寄せたと知り、当時、天界の誰もが驚いた。真面目一辺倒だった彼が己の職務も忘れ心を傾けてしまう程に、その恋は甘美なものだったのだろうか。
「ちゃんと、逢えるといいのだけれど」
「……えぇ…」
 其々が各々複雑な表情で、明日の地慧に想いを馳せていた。








≪翌朝、地慧の宮≫







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