七夕の戀




 ゆっくりと振り返った先には、闇色の柔らかい微笑み。



 闇珠の指が、地慧の頬を撫でていく。
「……どうして、泣いている」
 その指が温かくて、情けないほど恋しくて。何時の間にか流れ出した涙を拭うことも忘れて、地慧は闇珠の胸元に顔を埋めてしまっていた。



「文が……文が途絶えたんです」
 しゃくりあげながら、小さい声で告げる。
 数週間前、3日と開けず届いていた男からの文が、地慧の元に届かなくなった。なにかあったのかと心配になって地慧は幾度も文を出したけれど、待てど暮らせど返事は来なかった。
 離れ離れにさせられた直後の頃と同じ様に何も手につかなくなり、機織に向かっても手は止まったまま、増えるのは溜息の回数だけ、という状態。見兼ねた侍従が元気付けるために調査した現実は。
「彼…違う、人と……っ」
 信じて待ち続けた1年。想いは同じだと信じ続けた結果、現実は残酷な結末を迎えていた。
 それきり言葉を無くし泣きじゃくる地慧を、闇珠は柔らかく抱き締めた。蒼の髪に口付け、震える肩や背中を幾度も撫でて慰める。
「もう泣くな……私が傍に居る」
「……あ…なた、が…?」
 濡れた頬を晒して闇珠を見上げた地慧の、その額にそうっと口付けた。
「ずっと、傍に居る………初めて逢ったときから、御前を見ていた」
 くしゃりと歪む青鈍にもやんわりと口付けて、もう一度肩を抱き締める。



 涼やかな風が、ふたりを取り巻きそして離れていく。右手で肩を抱くようにして促し、地慧の宮へと歩を進める。こめかみに唇を寄せ、伸ばした指で涙を拭う。
「私……私、でも、貴方のこと……」
「……厭、か」
「ち、違いますっ」
 声を上げて闇珠を見上げ、瞬く間に貌を紅くして俯いてしまう。
「あの、そう言う風に見たことが無くて…」
「…では、そういう風に見れるかどうか、暫く一緒に居てはくれまいか」
 表の扉の前で、ふたりは貌を見合わせた。
「……どうなるか、わかりません、よ…それでも……?」
「それでも、暫くは一緒に居られるだろう」
 微笑み返す闇珠の表情が、泣きたくなるほどに優しく見えて。



「私で……本当にいいんですか…」
「御前が好い」



 先は判らないけれど。
 虫が良すぎるかもしれないけれど、一緒に居てみるのもいいかもしれない。





 ふたりを迎え入れた扉が静かに静かに閉じられて、穏やかな闇の中、月明かりに浮かぶ地慧の宮は久方振りの安住を得て静まり返っていた。







〜 闇珠−クラヴィスEND 〜



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