七夕の戀




 風皓の申し出に、嬉しそうに微笑む。
「あ〜、それじゃ、お願いしましょうかねぇ」
 地慧の笑みに、風皓も嬉しそうに笑った。



 ゆったりと歩く地慧に合わせて風皓がその隣を歩く。
「そういえば、こんなところまで地慧様が散歩されるの、珍しいですよね」
「えぇ……あまり外出しないほうですからねぇ」
 機織と研究でお忙しいですからね、と風皓が笑う。
「でも、偶にはこうやって外を歩くのも楽しいですよ」
 身体のためにも絶対にいいです、と力説する彼を振り返りながら、そうですねぇ、と地慧は苦笑した。
「今までは、殆ど出られませんでしたけれど……きっとこれからは、もっと外に行けるようになると思います」
 空を見詰めながらそう呟いた地慧の表情が、酷く寂しそうに見える。それを横で見ながら、ふと風皓は足を止めた。
 隣から不意に消えた彼を捜して、地慧も足を止めて振り返る
「俺……俺、迎えに行きますから、一緒に散歩しに行きませんか?」
 突然の申し出に地慧は目を見開いて、思わずじっと青の瞳を見返した。その視線に気付き、突然不躾なことを言ってしまったかと慌てて最初の勢いを無くした風皓は、綺麗な泉や気持ちのいい風が吹く場所とか、いろいろ知ってますし、としどろもどろに言葉を付け足した。
「……風皓…」
 気遣ってくれる歳若い彼の好意がとても嬉しくて、自然、地慧の口元が綻んだ。



 すっかり下を向いてしまった彼に少し近寄り、首を傾げて声をかける。
「ありがとうございます。…あの…是非、お願いしますね」
 地慧の言葉にばっと顔を上げた風皓の表情は、それはそれは嬉しそうに弾んでいて。
「はい、絶対に、誘いに行きます!」
 ふたりの笑い声が、夕闇に呑まれはじめた空気を震わせて響いていった。



 気がつけば、あと少しで地慧の宮、というところまで来てしまっていた。
 半分顔を隠した月が遠い森の上に現れ、ふたりを照らす。
「巡回まで、まだ時間ありますか?」
「まだ少しありますけれど……なんですか?」
 首を傾げる風皓を振り返り、地慧が月の光を背ににっこりと微笑った。
「もしよければ、一緒に夕食でも如何ですか」
 思いがけない誘いに、栗色の髪が揺れる。
「あ〜……その、ひとりですと、食事もつまらないですからねぇ」
「はい、是非!」
 元気良く返す風皓に、地慧の微笑みが深くなる。差し出された手につられるように手を伸ばす。少しだけひんやりとした感触に、繋がれた手を認知する。少し紅くなった風皓の頬は、闇に紛れて地慧の目には届かなかった。
「それじゃ、行きましょう」



 風皓を先に扉から中へと通す。自分も中へと入り、扉を閉める瞬間、ふうっと明るい月を振り仰ぐ。
「………さようなら」
 寂しく響く声は空へと舞い上がり、月の光の中消えていく。
「地慧様?」
 窺うように落とされた風皓に、いま行きますね、と返して、ぱたんと扉を閉めた。



 やわらかな月の光が、地慧の想いを呑み込んで夜の深い闇へと昇華させる。
 願わくば、傷つき破れた一年越しの恋が、一日も早く癒されるよう。
 群雲を振り払った月の光は、一晩中、地慧の宮へと降り注いでいた。







〜 END01 −失恋− 〜



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