七夕の戀




 微かに聞こえてくる竪琴の音に引き寄せられるように歩を進めていく。
 暫く歩き、音色がそれまでより少し大きく聞こえてくるようになったとき、ふと気付いた。
「この先は……」
 予感どおり、見覚えのある舘の屋根が見えてくる。果たして、その庭先には。
「あらん……どしたの、地慧」
 豪奢な金色の髪に華やかな装身具をしゃらりと響かせて地慧を見やったのは、夢貴だった。縁台に乗せていた足を下ろして、おいでおいでと手招きをする。つられるように近寄っていく地慧。
「いえ、あの……竪琴の音が、聞こえたので…」
「ふぅん」
 隣に腰を下ろした地慧の貌をじっと見る。間近に見る綺麗な貌にいつも通り紅くなる白い面を苦笑しながら見やり、夢貴は肩を竦めた。
「……あんたのこと、待ってたんだ」
「え…?」
 首を傾げる地慧から視線を外し、天空に昇った月を見上げる。



 ぽろん、と何気なく弦を弾く。
「今日……一年目の今日、あんたの恋が成就したら、素直に身を引こう、って思ってた」
 きゅうっと切なげに歪む地慧の貌。その頬に手を伸ばしながら、更に言葉を続ける。
「でも…私のところに来てくれた」
 つん、と柔らかい頬を突付く。少し眉を顰めながら夢貴の手を掴もうと地慧は手を伸ばした。掴まえられる前にするりと逃げて、逆に地慧の肩を抱き寄せてしまう。
「………今日、来なかったんだろう。あいつ」
 驚いて押し返そうとする彼の身体を、逆に、もっと強く抱き寄せる。
「覚えてる?…私が前、あんたに言った事」
 ひた、と動きを止めて、青鈍の瞳が夢貴の視線に合わせられる。ややして、戸惑いがちに縦に振られた頭を見て、夢貴の表情が僅かに緩んだ。
「こんなときにこういうこと言うのはルール違反なのかもしれないけど」
 ことりと竪琴を縁台の上に置き、地慧に真っ直ぐ向き直る。
「…私のところにおいでよ、地慧。私なら、あんたを待たせたりしないし、寂しくさせたりなんか……絶対にしない」
 いつもは人を喰ったような薄笑いを浮かべている夢貴が、酷く真剣な表情で語りかける。



 じっと視線を交わすふたりの頭上、遥か彼方で、星がひとつ流れた。



 くしゃ、と地慧の瞳が歪む。
「どうして……貴方はいつもそんなに優しいんですか」
 泣き出してしまうそうな風情の表情に、苦笑して夢貴は肩を竦めた。
「そんなに優しかないよ。……あんたの失恋を嬉しく思っているような、厭な奴かもね」
 くすり、と地慧が笑う。
「優しいですよ………本当に。…なんだか、寄りかかりたくなってしまいます」
「寄りかかっちゃいな。……いつもいつもたったひとりで立っているの、疲れるでしょ?」
 薄い布を羽織った腕がふわりと両の肩に廻され、細い肩をきゅうっと抱き締める。心地好いその重みに、青鈍の目が細くなる。
 ややしておずおずと伸ばされた腕が夢貴の背中へと廻され、地に伸びる影が、暫し互いを見詰めあった。



 またひとつ星が流れ、影はやがてひとつに重なっていった。







〜 夢貴−オリヴィエEND 〜



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