七夕の戀




 幾度も逢瀬を重ねた、川にかかるたったひとつの橋が見えてくる。
「……ぁっ…」
 地慧は目を疑った。
 まだ草木が朝露に濡れるほど早い時刻である筈なのに、誰かが橋の上に立って地慧の方をじっと見ていた。ずっとずっと想い続けた、時には夢に見るほどに焦がれた、彼の人の影。



 次の瞬間、地慧は思わず駆け出していた。
「炎武!」
 地慧の呼びかけに、燃えるように紅い髪の彼は、確かに微笑んで橋を降りていく。



 橋の袂、ふたりは1年振りの抱擁を繰り返す。
「炎武………炎武……っ…」
「元気だったか…?地慧……」
 瞳を潤ませて縋りつく地慧をしっかりと抱き締めながら、炎武(えんぶ)は蒼の髪に幾度も口付ける。頬を撫でて頤に手をかけると、くっと上向かせた。
「逢いたかった……今日を、ずっと待っていた」
 ふわりと落とされる口付けに、地慧はそうっと瞳を閉じた。



 瞼に、頬に、唇に。幾度も幾度も口付けが振りかかっていく。
 暫くして、此処が天下の往来だということにようやく地慧は気が付き、なおも口付けようとした炎武の貌を押し返した。
「あの…あの、此処では……ッ」
 焦って紅くなる地慧の額にひとつだけ最後に口付けると、苦笑しながら炎武は貌をあげた。
「そんなに照れることはないだろう。…見せてやればいい」
「そ、そんなことできませんよ〜〜」
 先刻まではしていたのに、とは炎武の心のなかで落とされた台詞。不用意な言葉を返して地慧に叩かれ嫌われてしまっては堪らない。代わりに、と細腰を抱き寄せながら、近くに置かれた縁台へと足を向けた。
 並んで腰を下ろすと、もう一度炎武が地慧の貌を覗き込んだ。また往来でなにかされるかと身体を硬くする彼に、薄い唇が苦笑する。
「もう此処では何もしないから、そんな貌をしないでくれ」
 続きは夜に、と囁いた秘色の瞳の先で、白い貌が一瞬で真っ赤になった。
「貴方というひとは……本当に、相変わらずですねぇ」
 ふうっと溜息をついた彼の頬を撫でながら、くすりと笑う。
「そんな俺を好いてくれたのは御前だろう?」
 相変わらずの言い様に、今度は地慧がくすりと微笑った。



「本当はね……逢えないんじゃないか、って想っていたんですよ」
「何故」
 ゆるゆると流れる水面を眺めながら、言葉を流していく。
「だって、貴方……そんなに格好良くて、いつも女官達に持て囃されているでしょう」
 私は、こんなですから……、と、自嘲気味に呟く地慧の額を、炎武は長い指で小突いた。
「……この口は、莫迦なことばかり言う」
 手を伸ばして頤を掴み、身体を引き寄せて唇をなぞる。慌てた地慧の目に、いつになく真面目な炎武の貌が映った。
「御前以外誰も欲しくない……それだけは、信じてくれ」
 甘やかに秘色の瞳が煌く。深い声で囁かれ、じっと見詰められ、地慧は耳まで紅くしてようやくこくりと頷いた。心底嬉しそうに微笑うと、膝の上に地慧を抱き上げてやんわりと抱き締める。
「好きだ…」
 胸元に貌を埋めてくる炎武を見下ろしながら、真っ赤な貌のまま微笑う。彼の腕の中から自分の両腕を引き抜いて、紅い髪をきゅうっと抱き締めた。
「…炎武……」
「……前のように、呼んでくれないか?」
 ふたりのときだけでいいから、と囁き、目の前の白い喉元に口付けた。擽ったそうに肩を竦めて、地慧は密やかに微笑う。



「…オスカー……私も、貴方のことが、好きですよ〜」
「ルヴァ……」
 そっと地慧の貌が俯き、炎武の顔に影が落ちる。炎武の頤が同時に反らされ、一時だけ時が止まる。



 成就を祝福するかの如き薫風に囲まれながら、ふたりは視線を交わして密やかに微笑っていた。







〜 炎武−オスカーEND 〜



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