七夕の戀




 暫く歩いていくと、向こうから大荷物を背負った人影が近付いてくるのが見えた。
「あー!地慧様やないですかっ。久しぶり〜」
 無意味なほどに明るくおどけた雰囲気を纏いかけられた声。東の宮にも度々行商に来ている旅の商人、王利だった。天界には珍しい、透けるような若草色の癖っ毛を無造作に後ろで束ね、肩に背負っていた大きな荷物をよっこいしょ、と地面へ下ろす。
 寂しげに微笑む地慧の貌を覗き込むと、んん?と首を傾げて腕を組んだ。
「なんぞありました?」
 ふるふると首を横に振って見せる地慧に、む〜、と眉を寄せる。ま、いっか、と小さく呟くと、うって変わった笑顔でぽんと手を打つと、足元に置いた荷物をごそごそと漁り始めた。
「そやそや、こないだ仕入れた品物、見てくれはります〜?」
 地慧の返事を待たずよっこいしょと取り出したものを目の前に置く。首を傾げ困ったような貌をする彼に王利はにっこりと笑いかけた。
「じゃじゃ〜ん!これや!!」
 目の前に置かれたのは、どうやら機織機のようだった。
「これは……?」
「ん、よぉ聞いてくださいました!」
 顔中が蕩けるような笑顔で、腰に両手を当てた格好で王利は胸を張る。そのオーバーアクションぶりにきょとんとした顔で若草色の髪を見上げる地慧。
「これな、自動機織り機ですのや。ここのボタンで織り込みたい模様を選んでもろて、このレバーを押すと……」
 つられるように覗き込む地慧の隣で、かちかちと操作をしてレバーをぐいっと押し込む。微かな駆動音と共に間も無く動き始めたそれは、送られてくる糸を繰ってもくもくと布を織り上げていく。
「これで、あっという間に織物も完成や!」
「は〜……すごいですねぇ…」
 王利の勢いに呑まれるようにしてその機械に見入り、地慧は感心したような溜息をついた。隣で王利が苦笑する。不思議そうな青鈍の視線が向けられると、ぱりぱりと頭を掻く。
「せやけど、これ、ひとっつ問題がありまして」
「問題?」
 そうなんです、と王利。かしゃんかしゃんと布を織っていく機械を見下ろし、肩を竦めた。
「実はこれ、一旦織り始まると、糸が無くなるまで織り続けるんですわ」
 ほんの数分しか稼動させていないのに既に数メートルもの長さになった織物と、それを織り出す機械とを交互に見やる。



 蹴っても何しても、止まらんのですわ、と再び肩を竦める王利を見て、地慧は想わず吹き出してしまった。
「あ〜、それじゃちょっと使い辛いですねぇ〜〜」
 ころころと微笑い出す地慧を見て、にいっと王利もまた笑う。
「ようやっと、ちゃんと笑うてくれましたな」
「……え?」
 にこにこと笑いながらひょいっと白い顔を覗き込む。
「そそ。そんな風に笑てたほうがよく似合います」
 あっという間に糸を使いきり布を織り上げて停止した機械をしまい、布を幾つかに折ると『試運転記念に』と地慧に手渡した。



 あの大きな機械がいったい何処に入ってしまったのか、不思議そうな顔をしてぽかんと彼の手際を見ていた地慧の隣に立ち、もう一度にいっと笑ってみせる。
「な、な、珍しい鉱石とか本とか、綺麗な布とか仕入れてあるんですけど、見に来ません?」
「でも……」
 笑みを口元に残したまま少し渋る地慧の目の前で、ぎゅうっと手を組んで目を潤ませ王利は言い募る。
「地慧様とこんなトコで逢うなんてそうそうないコトなんやし、折角やから、そないつれないコト言わんといてや〜っ」
 おどけた物言いや人懐こい笑みは、総て地慧を心配してのこと。商人という商売柄、情報の仕入れは誰よりも早い王利。特に気に入りの地慧の情報となれば大概のことは掴んでいる。当然今日のことも知っていた。ちゃんと逢えたかどうか心配で、地慧を見守る傍ら休日にも構わず商売をしてまわったり、店を畳んで辺りをうろうろしてみたり。肩を落とし沈んだ貌をしている地慧を見て、居ても立ってもいられず声をかけてしまったという顛末。



 くすくすと笑いながら、軽く肩を竦めるようにして地慧は頷きを返す。
「それじゃ、少しだけ御邪魔しましょうかねぇ」
 地慧の返事を聞き、現金にも即座にぱあっと貌を輝かせる王利。
「ほな、地慧様の気ィが変わらんうちに、早速行きましょか〜」
 ぐいぐいと腕を引っ張っていく王利のおどけた行為の下に隠れている優しさに、思わず地慧は目を潤ませた。
 柔らかい月が雲間からようやく顔を覗かせて、夜道を歩いていくふたりをその光で優しく包み込む。さわさわと静かに響く葉擦れの音、微かに空気に融ける涼やかな虫の音。前を行く若草色の髪に、地慧はもう一度ひっそりと微笑んだ。







〜 王利−チャーリーEND 〜



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