「わあ、なんだか盛況ですねぇ」
「当たり前だろう。我が西武の名を冠する百貨店だぞ? 盛況でないわけがない!」
「車両基地での販売ブースとは大違いですね!」
「…貴様、何を見てそんなことを言っている? 我が西武の販売ブースなら盛況以外ありえんだろうが」
池袋駅構内、アゼリアロードとチェリーローからほど近い西武百貨店入り口付近には、季節ごとに様々な販売ブースが立ち並ぶ。1月末から2月中旬はもちろん、バレンタイン向けのチョコレートをずらりと並べたブースが登場する。
チョコレートということでは地下1階の和洋菓子売場や7階の催事場も負けてはいない。他の階でもチョコレートと一緒にギフトを、と、全館揃ってバレンタイン一色になっている。
「7階のチョコレートパラダイスは特に素晴らしいぞ? 著名な店が軒を連ね、有名なパティシエを招致しての握手イベントなども行っているのだ。営団の貴様にも分け隔てなく最高級のチョコレートを買わせてやろう。時間を作って行くと良い」
仁王立ちで得意げに語るのは、言わずとしれた西武池袋だ。滔々とした喋り口と独善的な内容に、隣で話を聞いていた長身が笑う。
「エチカ池袋にも高級チョコレート店が出店してますよ?僕の改札の目の前なので西武池袋さんこそぜひどうぞ♪ というか、百貨店的にはあり得ない口上ですよね、それ。…ああ、いつもそんな感じだから人が寄りつかないんですね分かります」
うんうんと納得がいったと言わんばかりに頷く青年の出で立ちは、短い金の短髪にピアスという派手さ加減。茶色のネクタイを意外にぴしっと締めているその長身は、東京メトロの最年少、副都心である。その軽薄な言いっぷりに、西武池袋の眉根に深い皺が寄った。
「貴様等とお客様を一緒にする訳があるまい。何度言えば判るのだ…?!」
「そうだぞ、西武に行くくらいなら東武へ買いに来い! 今年はパワーアップバレンタインで決まりだ! 東京スカイツリーギフトもあるからな!」
不穏な会話を繰りひろげる二人の後ろで、新たな声があがる。振り返る金髪ふたりの目の前には、つやつやとした黒髪の青年がひとり。
「あれ、東上さんじゃないですか。わざわざ東口の方まで出張ですか? ご苦労様です」
「ふん、客の入りが少なすぎて暇なのだろう。…そうだな、ならば仕方ない。せっかくここまで来たのだ、貴様も寄っていくが良い。極貧路線にも我ら西武は優しいぞ、数百円から販売しているからな!」
「うちだってそれくらいの値段から売ってるぞ、バカにすんな!」
火花が散るのではないかというくらいに鋭い視線が交錯する。その傍らで副都心が胡散臭い笑みを浮かべた。
「お二人は本当に仲がいいですね♪」
あはは☆ と笑う副都心に、二対の視線がぎろりと向けられる。
「おーおー、ずいぶんと賑やかだな! オレも混ぜてくれ!」
「また余計なコトいって波風立てたりしてないだろうな? 副都心。胃痛のタネを増やすのだけは止めてくれよ…?」
かつ、と靴音を鳴らしてやってきたのは、東京メトロ池袋組三人のうちの二人、丸の内と有楽町だった。その姿を見て、副都心の顔が嬉しそうにぱあっと輝いた。
「有楽町先輩、お帰りなさい! っていうか開口一番でそれは酷くないですか? 僕はただお二人と親交を深めていただけですよ♪ あ、それよりあの、お話し合いの方はどうだったんですか?」
「そうか? それは悪かった。―――ああうん、特に問題なく終わったよ。メインはどちらかというと千代田で、そっちの方はもう詰めの話まで終わってるし、オレのとこは二駅だけだから」
「オレも同席したしな!」
副都心と話す有楽町の後ろから、ひょいと丸の内が顔を覗かせ声を上げた。得意気ににっかりと笑うその顔を肩越しに見やった有楽町は、少し疲れたような顔で苦笑する。
「まぁ、本当に、丸の内が来てくれて助かったよ。オレじゃああの威厳は出ないからさ」
「だろう?」
満面の笑みを浮かべた丸の内は、有楽町の肩に両手を置いて頷いた。そのまま背後から覆い被さるようにして有楽町の顔を覗き込む。そんな丸の内の所作に、副都心が小首を傾げて笑った。
「丸の内さんは身体が大きいから黙って座って威圧するの担当で、有楽町先輩が話し合い担当、ってことですね!」
「そう、その通りだ!」
「ちょ、おまえ、なんてこと言って…っ!」
慌てる有楽町を余所に丸の内は豪快に笑い、副都心の言葉に頷いてみせた。副都心は笑みを浮かべたまま片眉を上げ、丸の内へついと手を伸ばした。副都心に手首を掴まれ、丸の内はきょとんと見返す。
「そんな身体の大きい丸の内さんが先輩にのし掛かったら潰れちゃいますから、止めてくださいね?」
副都心は浮かべた笑みをそのままに、掴んだ丸の内の手を横へと引っ張った。思わぬ副都心の行動に丸の内はそのまま手を浮かす。
「ああ、そうだな、有楽町は華奢だからな」
得心したように丸の内は頷くと、有楽町に覆い被さるのを止めて身体を起こした。離れてくれればそれでいい、とばかりに、副都心はあっさりと手を離す。
「おまえ等…オレだって一応メトロで2番目に長い距離を毎日走ってるんだぞ? それなりに鍛えてるんだぞ?」
ひとり話に取り残された恰好になった有楽町が抗議の声を上げた。が、それ以上に取り残されている金髪と黒髪の二人をはたと思い出し、有楽町は慌てて向き直る。
「あー、西武池袋に、東上。済まないな、騒がしくして」
「―――済まないでは済まされんぞ、営団。公共の場で、しかも西武の膝元で騒がしくされてはかなわん。以後気をつけて貰いたいものだ」
「さっきまで散々騒いでいたあなたに言われたくは―――」
己を棚上げした西武池袋の発言に、副都心がすぐさま切り返そうとした。とっさに有楽町が口許を塞いで止め、事なきを得る。
「ああ、気をつけるよ。今日のところは勘弁、な」
「うむ」
「…オレは別に。何か騒がしいなと思って見に来ただけだ。東武に影響はない。…遅延さえなければそれでいい」
「それはもちろん。―――お互いに、だな」
「ああ」
何がどういうきっかけでこの三人がこんなところで話をしていたのかは分からないけれど、どうにか話はついたようだった。アゼリアロードへ向かう金髪と、中央通路を歩いていく黒髪を見送り、有楽町は大きくため息をついた。
「先輩、ため息をつくと幸せが逃げちゃいますよ?」
「心配してくれるなら、少し黙っててくれないか副都心…!」
えー、と抗議めいた声を上げる後輩を放置して、有楽町は丸の内を振り返る。
「そろそろ仕事に戻るよ。…丸の内、今日は来てくれてありがとう」
「問題ないぞ、また何かあれば声掛けてくれ!」
丸の内は爽やかな笑みを浮かべると、まるで特撮のヒーローか何かのようにサムアップしてみせた。
「分かったよ。それじゃ、また」
「おお!」
頷く有楽町とその傍らに立つ副都心の二人に丸の内は大きく手を振ると、大股で自分の改札へと帰っていった。
「それじゃ僕らも帰りましょうか」
「ああ、そうだな」
有楽町は頷き、副都心と一緒にアゼリアロードへと足を向けた。
つづく
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