私の凶行は、村人に紛れ込んでいたアクマにイノセンスが反応して起こったもので、『見境無く人を襲っていた』訳ではなかった。アレンとラビは村人へそう説明してくれたが、アクマと人の区別がつかぬ村人にとって私は『害を成す存在』でしかなかった。
私自身、エクソシストやアクマという概念は持ち合わせていなかったため、己の凶行を幾度嘆いたか知れない。そして、館へ討伐隊が乗り込んでくる度に、酷く落ち込んだ。『城』という居場所が無かったなら、自分がどうなってしまっていたか分からない。
知らぬ者にとって、イノセンスは純粋な『脅威』だ。それを物心つく時には既に抱え、今迄生きてきたアレンにも、相当の苦労、或いは筆舌に尽くし難い苦難があったのだろう。
『理由があれば生きていける。―――――理由の為に生きればいいじゃないですか』
エリアーデを壊した絶望の只中に居た私に、アレンが言った言葉を思い出す。何処か自分にも言い聞かせているような響きの声が、耳に残っている。彼にも何か、とても大切なものを失った経験があるのだ。きっと。
隣でマフィンを美味しそうに食べる姿を見遣る。生まれついてのイノセンスの使徒。呪いを受けた証である額のペンタクル。大切なものを失いながらも尚、生き続けることを己に課す意志。どれ程の絶望をその身に受けてきたのだろう。
マフィンへと注がれていたアレンの視線が不意に上がり、彼の顔を注視していた己が視線とぶつかる。
互いが互いへと向けている視線を認識した瞬間、彼の顔に悲しげな笑みが浮かんだ。その表情を間近で目撃した私の息が、止まる。
何かを悔いるような瞳は、過去の自分へ向けられたものか。それとも、私に。
「…マフィン、美味しいですね」
「―――ぁあ、…美味しいである」
反射的に返してしまった私の台詞を聞いてか、アレンは小さく笑った。
「もうひとつ、戴いても構わないであるか」
「ええ、どうぞ」
手許には自分の分が未だ残っていた。けれど、何故かそうしたくなって訊ねた私に、彼は快く応じてくれた。
エリアーデを失った悲しみを埋めるため、あの雨の日、私はエクソシストとなることを決心した。
彼女を失うことになった理由に、答えを与えるため。その答えを理由足らしめるために、エクソシストとして生きていく。
それは、死をもってこの悲しみを埋めるよりきっと、もっと多くの死と向き合っていかねばならぬ道となるだろう。そんな『修羅の道』とも言えるこの道を示してくれたのは、アレンだった。彼もまた、私と同じく何か大切なものを自らの手によって失い、そしてそれが故にこの『悲しみを生きて埋める道』を選び、此処に居るのだろう。
彼がどのような想いを託してこの道を示してくれたのか、それは知らない。
この道の行く先に何が待って居るのか、それは判らない。
けれど、私は私の意志でもってこの道を選び、そして力尽きるまでひたすらに歩んでいく。
エリアーデを壊した記憶を忘れぬため。
私を救ってくれた彼の想いに報いるため。
どうぞ、と自分の袋から取り出したマフィンをアレンが差し出してくれた。紙袋へと落としていた視線を上げて顔を見る。其処には、先刻彼が見せた何かを悔いるような笑みは、見当たらなかった。
「ありがとうである。…アレンは、…大丈夫であるか?」
「―――ええ、僕はさっき一通り食べましたから。クロウリーこそ、右腕治って間もないんですから、しっかり食べてくださいね」
マフィンを受け取りながら訊ねると、彼はそう言って微笑った。ああ、と返しながらなんとはなしに彼の手を見ると、おそらく3つ目となるマフィンが収まっていた。素晴らしい健啖家ぶりに、自然と笑みが零れる。
「戴くである。」
「どうぞ。」
口にしたマフィンはやはり柔らかく、甘かった。
食堂車から3人が戻ってきたのはそれから約1時間程経った頃で、それまでにもう2袋分のマフィンがアレンの胃に消えたことは、2人以外の誰も知らない。
<了>
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