軋んだ音を立てて開く扉を抜け、小柄な人影が書庫の中へと入っていく。周囲を見回していた人影は、窓辺から伸びる細い影を見付けて一瞬動きを止め、そして其方へと歩いていく。
並ぶ書棚の端を右へ折れたところで足音が止まる。その視線の先に、ひとりの少年が居た。
「ラビ、ここにおったか。―――早々に荷物を纏めておけ」
静かな部屋に響くしわがれた声に、応じるかの如く細い影が揺らいだ。
「やっと出発かぁ。…で、何処行くんさ」
どことなく嬉しそうな声音で訊ねながら、ラビは手許の分厚い本をぱたんと閉じて顔を上げた。
「此処から少々離れたところにある病院だ。室長殿と話をして、それから暫くはクロス・マリアン元帥を追うエクソシストに同行し、任務遂行を支援する」
「あいさぁ」
ラビは胡坐をかいていた椅子の上から飛び降り、ひとつ大きく伸びをした。
「んー。…クロス・マリアン元帥を追う、てコトは、同行するエクソシストって最近入ったッていう」
同行者を問う声を意に介さぬような風情で沈む夕日へと顔を向けたブックマンは、黙したままゆっくりと頷いた。
「クロス元帥はアレン・ウォーカーの師だからな。…それから、室長の妹御であるリナリー・リーも一緒だ」
「やっぱりアレン・ウォーカーと一緒か。…面白そうさ。―――にしても、リナリーも一緒ッて、よくコムイが―――」
く、と喉奥を鳴らして笑い、言葉を続ける少年の背後で、影がふわりと浮いた。殺気を感じて瞬間振り返ったラビは、身を守ろうと咄嗟に腕を構えた。そこへ、ブックマン飛び蹴りが迫る。
「―――っちょ、爺ィ何するさ?!」
「不謹慎だ。慎め。……それからわしのことはブックマンと呼べ」
腕に食い込む飛び蹴りに顔を顰めながらも幾らかの衝撃を散らしたラビが、力一杯腕を横へ払う。その一瞬前に軽く跳躍をしたブックマンは、音もなく書庫の床へと着地する。
「長旅になる。…準備を怠るな」
せめてもの反撃をかわされて、ラビは面白くなさそうに唇を曲げた。そんな弟子へは一瞥もくれずに書庫を出て行くブックマンの小さな後姿を見送りながら、深い溜息が零れる。
書庫の縁に軽く寄り掛かり、窓の外鮮やかに染まる森を眺める。
「…エクソシスト―――アレン・ウォーカー、か」
いい奴だといいさ、と小さく呟いたラビは、己の髪と同じ位に赤い夕日の眩しさに目を細めた。
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