聞いていた通りの容貌を興味深そうに眺めたラビは、初めて見ることになる彼の姿に、不安定な影を見た。
ブックマンの後継者として様々な土地へ連れていかれ、様々な人達に出会い別れてきた経験は、同年代の誰にも負けない自信がある。
突然現れた二人組に、状況が飲み込めない、といった表情でぎこちなく挨拶を返してきた姿は、白髪の所為で老人のようでもあり、仕草の所為で酷く幼くもあった。けれどその表情は、傾き具合で幾重にも光を重ね多種多様な表情を見せる万華鏡のように様々な色を帯び、彼が背中に負うものの重さを感じさせた。
積もり始めた雪に残る彼の足跡を眺めながら、癇癪めいた先刻の様子を思い出し喉奥で笑う。
「アレン、か……そんなにモヤシでもないさ」
作りかけていた雪だるまの頭を持ち上げ、胴体の上に乗せる。ボタン代わりの石を胸元へ埋め、木の枝を鼻に見立てて頭の真ん中に刺した。こちらをじっと見ているように見える雪だるまを暫し見詰めた後、ついと伸ばして人差し指で額と思しき辺りを突付く。ひんやりとした感触に、目を細めた。
「『人間を殺すためになったんじゃない』、かァ」
はー、と息を吐き、寒い戸外の気温に白くなる様を見遣る。白い髪、十字架を埋め込まれた左手、呪いを受けた左目。ある意味不謹慎極まりないけれど、面白そうな奴だと思った。
呪いを受けるに至った負い目の所為か、それとも例の左目の所為だろうか。アクマと人間の区別がつかない普通のエクソシストには到底言えない言葉だ。人の皮を被ったアクマをアクマだと判じ、真っ直ぐに向かっていける力。疑うことを知らなかった心が、ノアの出現によって揺らいでいる。
「んー……、ぁ、そうすると、…ちょっとまずいさ」
左目見えてないんだっけか、と呟き、雪だるまの向こう、雪がちらちらと舞う灰色の空を見上げる。
苦笑をひとつ零したラビは、アレンが歩いていった方向へと身を翻した。
「ア〜レ〜〜ン、どこ行ったさ〜?」
まるで迷子の子猫でも捜すような様子で、口許に手を添え辺りを見回しながら歩く。人通りの少ない裏道に姿は無い。この町へ来る前に見た地図を思い出しながら、現在地を探る。
「やっぱ判んねェさ。現在地の照合が先か」
言うやラビは空を振り仰ぐようにして周囲をぐるりと見回す。少し離れた所に建つ手ごろな高さの時計台に目を留める。周囲に高い建造物は無く、町の様子を見るには格好の場所だった。
よし、と呟き、右手を右足のホルダーへ伸ばす。止め具を外しくるくると手の中で回しながら、目の高さまで持ち上げる。己がイノセンスである小さな槌を眼前に掲げ、す、と視線を伏せ発動を念じる。瞬間身に憶えのある気配が手の中から膨れ上がり、それに追随するように槌が見る見る大きくなっていく。
片足を槌にかけて角度を適当に調整、柄の端をきつく握り締め。
「大槌小槌―――――…伸!」
ラビの掛け声に反応するように、槌の柄が凄い勢いで伸びていく。遠くなっていく地上を一瞥し、見る間に近くなっていく時計台を見上げる。タイミングを計りながら、槌に添えた指でリズムを刻む。後3秒、2秒、1秒。
「縮!」
時計台の真上に差し掛かったところで声を上げる。瞬間、槌の伸びる勢いが弱まった。着地点を視界に捉えながら、縮み始めた柄を取り落とさぬようしっかりと握りなおして、無事に時計台の上に立つ。
「ぉー……珍しい。ちゃんと降りれたさ」
片目を眼帯で覆っている所為もあるだろうが、伸を使った時の止めるタイミングがなかなか上手く計れない。偶にはやるじゃん、オレ、と自分で自分に感心したように幾分目を丸くして着地した辺りを見回し、さて、と手の平を目の上に翳して町の形を見渡す。現在地時計台、目印になりそうなものは―――駅に繁華街、あの馬鹿でかい建物は庁舎か。
「………しまった、あの地図古くて病院の位置書いてねェさ」
発行年月日確かめとくんだった、と溜息をつきながら、それより先に…とアレンを探す。黒い服に、白い髪。―――いや、きっとフードを被っているだろうから、黒を探した方が早い。
ふと繁華街に繋がる表通りに目が行った。場所柄もあってかなり人が多い。あんなところに突っ込んだら、常に完全臨戦態勢でないとやっていられないだろう。まさか居るまい、とは思うが、なにやら厭な予感がした。居ませんようにと祈りながら、アレンが歩いていったと思しき方向からじっと人ごみを追いかける。
「やば。………ホントに居たさ、あいつ…」
フードを被って歩く黒いコートが見えた。遠目からだがあのデザインは恐らく団服だろう。まずいな、と思った次の瞬間、直ぐ横を通り過ぎる女性に抱かれた赤ん坊が、彼へと顔を向け身体を起こす様子が目に入った。
「しょうがねェさ…」
感傷にでも浸っているのだろうか、それにしてもあまりに無防備過ぎる。す、と身体を沈み込ませ、立ち止まるアレンの背後目指して槌を手に時計台から飛び降りる。最中、先刻身体を起こした子供の上半身が、不気味に歪んだ。
「ビンゴ、っと」
澱む大気を裂き着地する数秒前、手にしていた槌を発動させて、飛び降りる勢いのまま着地する。豪快な衝撃音と共に、アレンの後頭部に銃を突きつけていたアクマを槌の下敷きにした。
霧散するアクマを視界の端に留めたまま、着地の際の衝撃で座り込んでしまったアレンを見遣る。少し蒼褪めた顔色のまま驚いている様子に、きっと何かぐちゃぐちゃ悩みながら歩いていたんだろうな、と当たりをつける。そして。やっぱり忘れているんだろうな、と思う。
アクマと人間の見分けがつかないエクソシストは皆、己に近付く全ての人間を疑っていることを。
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