きっと傍に居て
壬生×主






◇   ◇   ◇





 枕に顔をうつ伏せたまま、龍麻が『う〜』と唸った。
「どうかした?」
 龍麻の耳元、笑みを湛えた声で息を吹き込むように囁かれ、びくん、と肩が揺れる。
「莫迦…野郎…ッ」
「非道いな」
 言いながら耳元に口付けると、無意識の震えを再度肩に纏わせ顔を真っ赤にした龍麻が拗ねたような表情で紅葉を見上げた。
「…やっぱり、紅葉って……スケベ」
「相手が……君、だから。ね」
 にこりと微笑む紅葉の表情は、誰彼となく見せるような種類のそれではなくて。毒気を抜かれたような表情でふうっと大きく溜息をつく。
「それって反則的」
「……そう?」
 くすりと微笑いながら、ぎし、とベッドの上に起き上がり、龍麻を見下ろしながらその黒髪をそっと撫でる。その感触に気持ちよさそうな表情で目を細め、ぱふ、と枕に頭を預けた。



 すい、と龍麻の手が伸びて、髪を撫でていないほうの紅葉の手を取る。したいようにさせながらも髪を梳く手は休めない。何をするのかと思えば、引き寄せた手を自分の頬に当て、すうっと目を閉じる。
 ややして開かれた瞳は嬉しそうに何処か弾んでいて。
「……震えてたの、ちゃんと止まってるね」
「ん…」
 ちゃんとした返事の代わりに、くしゃくしゃ、と龍麻の黒髪を掻き混ぜる。
「…紅葉は―――――」
「何?」
 少し逡巡する彼の髪をもう一度撫でると、斜めに見上げてくる黒檀の瞳。濡れているように見えてしまい、どくん、と鼓動が胸を打つ。
「紅葉は、俺の傍にずっと居る?」
「……許してくれる?」
「…違う」
 少しだけ怒気を感じて、紅葉の眉が僅かに顰められる。
「そうじゃなくて―――『紅葉は』どうしたいんだよ」
 ああ―――――と、胸を衝かれたような貌をして、紅葉はうっすらと微笑んだ。身体を反転させ仰向けになった龍麻が、真っ直ぐに紅葉を見上げてくる。
「僕は―――」
 言いかけて、やはり、と一瞬躊躇する。
 言ってしまって良いものか。『想い』を『言葉』にしてしまって良いものか。その躊躇の意味を捉えたのか、静かに、けれど深い意思を篭めた声を、龍麻の唇が紡ぐ。
「なにかひとつくらい―――――『自分の為に』願っても、罰は当たらないよ」
「……でも」
 彼の隣に居るべきは僕ではないのかもしれない、と。彼の隣に居てもいいのだろうか、と。思うなと言われても思ってしまうことは止められない。誰かに否定して貰いたくて、けれど、目の前で肯定されることが怖くて。
「紅葉ッ」
 自分を呼ぶ声にはっと我に返ると、龍麻の手が紅葉の頬へと伸ばされていて。
「俺は、『紅葉とずっと一緒に居たい』と想ってる。……紅葉は?」
 かつて封印した想い。一番欲しかった言葉。
 霞む視界のなか、龍麻の指が紅葉の頬を伝う。
「僕も―――――僕も、龍麻と一緒に…居たい。……ずっと…ずっと―――」
 彼を傷つけないように、きっと護れるように、強くなって。



 零れた涙を、龍麻の唇が追う。ぎゅっと瞑られた目元に柔らかい感触。次いで開けた瞳に映った、初めて共に在りたいと心から想えた人の微笑む姿。
「ずっと…一緒に居ような、紅葉」
「うん―――――一緒に、居よう……龍麻…」
 どちらからともなく触れ合わせた唇は、とても温かくて優しくて。再び目元に生まれた熱に、紅葉は思わず龍麻の肩口に顔を埋めた。
「……眠ろう、龍麻」
「ん……」
 ぽんぽん、と紅葉の頭を撫でると、龍麻は腕を伸ばして彼を引き寄せた。覆い被さるような体勢でいた紅葉はゆっくりと身体を横たわらせ、龍麻の隣へと滑り込む。
 落ちかけていた上掛けを掴み、互いの肩が隠れるくらいにまで引っ張り上げる。小さく名を呼びながら擦り寄ってくる龍麻を腕の中に抱き締めて、額にひとつ口付けを落とした。
「紅葉、おやすみッ」
「おやすみ、龍麻」
 どちらからともなく瞳を閉じ、間も無く静かな吐息が部屋に満たされる。



 今度こそ、安らかな眠りをふたりへ。祈るような月が窓の外、空高く輝いていた。










モドル  





カエル