距 離





 村雨の元から抜け出し緋勇の背後に隠れるようにして警戒心を露にする蓬莱寺。
「また慣れない花札でもやりに来てたのか」
「っんなワケねぇだろーがっ」
 大きな手を伸ばしてくしゃりと頭を小突きながら落とされた醍醐の台詞に、その手を払い除けながら語気荒く蓬莱寺が言い放つ。
 くっくっと喉の奥で微笑いながら、目深に被っていた帽子のつばを少し上げる。
「で、どうしたんだよ、こんなトコで3人揃いも揃って」
「京一が、皆で遊びに行こうっていうからさ」
「へェ、じゃぁ俺もひとつ混ぜて貰おうか」
 ふたりの間でどんどんと話が進んでいく。緋勇の背後に身体を半ば隠しながら、村雨の提案に頷こうとする緋勇の肩を鷲掴んでぐいぐいと揺さぶった。
「ちょっ……ひーちゃん、まさかコイツも一緒に連れていくんじゃねェだろーなっ?」
「なんで?遊ぶんなら大勢のほうが楽しいじゃないか」
 うんうんと頷く村雨をぎいっと睨みつけ、緋勇の肩を相変わらず揺らしながら『3人で行こうぜ〜っっ』と訴える。それを笑顔でかわしながら、2人はどんどん話を進めてしまう。
「それじゃ好い店連れてってやるよ。……そうだな、折角龍麻が来てるんだし、如月も呼ぶか」
「え、でも北区からじゃちょっと遠くないか?」
「いや、確か奴サン今日は仕入れとかでこっちに来てる筈だ」
 懐から携帯を取り出すと、慣れたように番号を押下していく。眉間の皺を深くした蓬莱寺がその横顔に噛み付いた。
「なンで御前がそんなこと知ってんだよっ」
「ん?なんだダンナ、焼き餅か?」
 間も無く鳴り出した呼び出し音を聞きながら、にやっと村雨が笑う。
「莫迦ヤローッ!鏡でてめぇの顔見てから物を言えッ」
「……京一、頭に響くから耳元で大声出すなよ」
 自分の肩口でぎゃいぎゃいと騒ぐ蓬莱寺の頭をぐいっと押さえながら、相手が出たらしい村雨の方を注視する。二言三言交わすと携帯を切り、得意げに片眉を上げてみせた。
「丁度仕入れの手配が済んだところらしい。20分くらいで来れるってよ」
「やったッ」
 緋勇の嬉しそうな笑顔に蓬莱寺は複雑な表情で口を尖らせる。目を細めてその様子を見やり、真白な学生服の裾をばさりと翻して村雨が踵を返した。
「それじゃ先に店に行こうか」
 歩き出した村雨の後ろへついていけと言わんばかりに蓬莱寺の背中を押し出すと、緋勇は振り返って醍醐へと手を伸ばした。
「醍醐も、行こう」
「あ、あァ」
 取られた二の腕が焼けるように熱くなる。無理矢理押しやられて再び村雨に抱えられてしまった蓬莱寺の騒ぐ声が、どこか遠く聞こえる。
「どうかしたのか?」
 怪訝そうに見上げる緋勇の視線に気付くと、脚を踏み出しながら繕うように笑みを浮かべる。ぎこちない表情になってはいないだろうか、自然に笑えているだろうか。笑みを返してくる緋勇の表情に力を得て、ようやく言葉を繰り出した。
「いや、なんでもない。……それにしても、村雨にしろ如月にしろ、会うのは久しぶりだな」
「同じ東京都区内とはいえ、近いようで結構遠いからなァ」
「そうだな……」
 近いようで遠い。手を伸ばせば掴めるところに『彼』は居るのに、今こうして自分の腕を引っ張っていく手の感触は確かなのに、一番欲しい『彼の心』はきっと、姿すら見えないほど遠くに在る。きっと。



 村雨と遭遇した路地から5分ほど歩いたところに目的地はあった。一見喫茶店のようなその店は外装内装共になかなか洒落た造りで、夜はちょっとしたバーになるようだった。村雨が纏うそれとは少し違う雰囲気の店を目にした一行は、一様に村雨の方を見やる。
「なんでェなんでェ。揃いも揃って奇異なモン見るような目で見やがって」
「まーまー、店先でかたまってるのもなんだし」
 いち早く立ち直った緋勇が3人を促して店内へと脚を運ぶ。顔見知りなのだろう、マスターと村雨が親しげに言葉を交わす。一番奥の席へと真っ直ぐに進んだ村雨が、角席にどっかと陣取った。
「夕飯まだなンだろ?」
「ああ、部活を終えてそのまま来たからな」
 醍醐の台詞に意を得て、適当に食べる物を注文していく村雨。飯、と聞いて現金にも蓬莱寺が目を輝かせる。
「ほんとに御前は食い気が服着て歩いてるみてェだなぁ」
「うるせぇッ」
 カウンターの奥から香ばしい匂いが広がり、食欲を刺激し始める。取り敢えず運ばれてきた水で喉を潤していると、カラン、と店の入り口の呼び鈴が鳴った。
「やァ、皆もう揃っているんだね。久しぶり」
 薄く笑みを敷いた如月が、入り口から声を掛けてきた。その後ろから続いて入ってきた姿を目に留めた4人は、驚きと共に彼の名を口にする。
「壬生!」
「……久しぶり」
 相変わらずの無表情。けれどその口元には、依然とは違い微かではあるけれど確かな笑みが浮かべられていた。
「ここに来る途中偶然会ったのでね。折角だから誘ってみたんだ」
 緋勇と醍醐の間に空いていたスペースに壬生と如月が陣取る。口元に笑みを浮かべながら慎重に深く息を吐いた醍醐は、ようやく椅子の背凭れに身体を預けた。
「仕事で近くまで来ていたんだけれど、まさか知り合いに会うとは思わなかったよ」
「大丈夫なのか?」
 気遣わしげに緋勇が問う。台詞の意味を確りと受け止めた壬生はそんな緋勇を安心させるように薄く笑い首を傾げてみせた。
「もう終わったし、明日は何もないからね。…たまにはこういうのも悪くない」
「違いない」
「あァ、そうだな」
 軽く湧き上がる笑い。ほぼ時を同じくして、先刻村雨が注文した料理が次々にテーブルの上へと並べられていった。




モドル ススム





カエル