距 離





 料理が並べられてから数十分後。
 それぞれに重い何かを背負ってはいても、至極健康な1男子高生であることに変わりは無く。其々が思い思いに空腹を満たしていき、並べられていた皿はあらかた空になっていた。一番量を食べたのは確か蓬莱寺だったはずがまだ足りないらしく、壁に並べられたメニューをちらちらと見上げている。
「なンだ、まだ足りねェってか?よく喰うヤツだなァ」
 村雨は笑いながら隣に座る蓬莱寺にヘッドロックを見舞う。適当に幾つか追加注文すると、ぐりぐりと赤茶けた蓬莱寺の髪を掻き混ぜた。
「やめろッ!てめェ、離せッ!」
「ははっ、すっかり玩具にされているね」
「莫迦ヤローッ!笑ってねぇで助けろよッ」
 店内には他の客はほとんど居らず、半ば貸し切り状態なのを好いことに、思いの限り大騒ぎをする。マスターはというと洗いあがった皿を拭きながら、困った顔もせず逆ににこにこと嬉しそうに6人を眺めていた。
 最近学校で流行っているもの、今度入荷する目玉商品のこと、歌舞伎町界隈の美味い店の話。他愛のない話を思い思いに話す。
 対面でじゃれる2人を眺めながら、如月がふうっと息をつき背凭れへと身体を預ける。なんとはなしに目をやった醍醐の視線の先で、笑みを浮かべながら彼が呟いた。
「……仲間というものも、存外好いものかもしれないな」
 少し目を見開き、ふっと微笑うと、同じように対面の騒ぎへと視線を流す。
「そうだな…」



 本来であれば、交わることなどなかった其々の道。見えることなど適わない筈だった、今では掛替えのない『存在』達。その中心にいつも必ず居たのが、緋勇だった。
 誰にとっても、一際特別な存在。ある者は彼に惹かれ、またある者は彼に感化され、そしてまた共感を覚えて。ともすれば相反してしまいかねない者同士を結び付け、掛替えのない『仲間』にしていく。緋勇が皆を求め、その求めに其々が応えた。決して変わらぬ同じ想いを持つ『仲間』。
 だからこそ、『緋勇』は、誰の物にもなってはいけない。
 少なくとも、自分が奪っていってしまってもいいものだとは、到底思えなかった。
『仲間』
 その言葉こそが、醍醐の中で大きな枷となり、心に重く圧し掛かっていた。
 自分の身体の中で渦を巻く、独占慾に塗れたこの『想い』を、彼に押し付けてはいけない、と。
 想いを伝えたところで、容易く受け入れてもらえるような種類の感情ではない。この大事な時期、自分の勝手な想いを吐露することで緋勇を煩わせたくはなかったし、その影響で離反が起こり得る可能性も否定できなかった。
 だから、諦めた。心の奥底に押し込めて、鉛で蓋をして。『仲間』として彼を護ろうと、何があっても護り抜くと、そう心に誓い、心を封印した。
 ……封印した『筈』だった。



 相変わらず対面で村雨は蓬莱寺をからかっていた。腕を振り払いどうにか逃げ出すと緋勇と壬生の間に割って入り、再度手を伸ばしてくる村雨の手を引っ叩くようにして退けようとする。必死に救援要請をする蓬莱寺を笑って見守るだけで動こうとしない緋勇。それを見て微笑う如月。狭い場所に割って入ってきた蓬莱寺を疎ましげに見るその口元がどうも笑っているらしい壬生。そんな場面に出くわす度、封印した筈の想いが鎌首を持ち上げてくるようで。その度に大きく息をつき、拳を握り締める。
「あれ、雄矢、どうかしたのか?」
 不意に掛けられた声に驚くも、その様子さえ微塵も見せずに醍醐は微笑い返した。声の主は―――――――緋勇。
「いや、なんでもない―――――京一、いい加減に観念したらどうだ?」
「莫迦野郎、観念してたまるかってんだッ」
 言い放った途端に両脇から抱えられ、村雨の方へ押しやられそうになる。慌てる蓬莱寺に笑う緋勇。



 出来ることならば。叶うのならば、その視線を総て自分の物にしたい。仕様のないことを考えてしまった自分に苦笑しながら、再び背凭れに身体を預ける。不覚にも零れた深い溜息と隠された自己嫌悪。
「…君は―――――」
 灼けつきそうな心を押さえ込み、握り締めた拳をさり気なく皆の死角へと隠すと、醍醐はいつもと同じような笑みを浮かべて何か言いかけた如月へ視線を向けた。
「あァ…どうかしたか?」
「…いや、僕の気の所為だろう。済まないな」
 新しく運ばれてきた料理の皿をひとつ受け取り、如月が醍醐の前へと置く。礼を口にしながら、醍醐の視線が緋勇へと流れた。



 いつも、変わらぬ微笑みを、君に。



「やはり……人というものは難しいな」
 小さく呟いた如月の言葉は、誰にも聞き咎められることはなく、空気に融けて消えていった。
 手を伸ばせば、肩を叩くことも、髪に触れることもできるのに。
 一番欲しい『心』には、手が伸ばせない。―――――届かない。



 狂おしく燃える『想い』は未だ、醍醐の中に燻っていた。






モドル  





カエル