2009.05.31 UP ― 村×主

君だけを
〜2〜


 北区の骨董店を出た後、ひとまず新宿へ戻った。
 どうも先生に避けられてるらしい、と気付いたのは今週の頭だ。約束していなくても放課後はほぼ毎日と言っていいほど新宿界隈で出くわしていたのが今週は皆無、真神へ行っても何か用事があるとかで先に帰ったと言われる始末。言付けてもらったけどやっぱり『用事がある』と約束を取り付けることができなかった。いつもなら放っておいても逢いに来る―――もちろんオレの方から真神へ迎えにいったりもする―――のに、1週間逢いに来ない、逢いに行ってもいない、ってのはどうしたって先生の意図としか思えなかった。
 取り敢えず掴まえようと思い、心当たりのある場所をしらみつぶしに回ってみた。けれどその殆どで見事なくらい行き違っていて、先生が自らオレを避けてンじゃないかという思いがますます強くなった。オレが捜しに行くことを感知して姿を消してるワケじゃないだろうけど、オレを避けてる先生が相手だとオレのツキも地に落ちるってことは事実らしい。
「けどよ、なんで避けてんだ、って話」
 そこだけが判らない。顔を顰めて立ち止まり、頭をがしがしと掻きながら浅く溜息をつく。
 目の前で怒らせた記憶も暫く無いし、約束破ったこともここんとこ無い。御門が持ち込んでくる厄介事に顔出さなきゃならなくて約束反故にしたことがあるにはあるけど、それは一ヶ月に一度あるかないかで最近は全然無い。言っちゃいけないことをもし言ったなら、即座に突っ込んでくるはずだった。
「…わっかんねェ………」
 もう後は本人に直接聞くしか無い。―――っつっても本人が掴まらなきゃ無理、なんだが。
 どうするか…と困り果ててどこまでも続く人波を眺めていると、視界の隅を掠めた何かに身体が反応した。無意識に動いた視線の先に目を凝らす。
「―――いた…!」
 見間違えようがない。捜し続けていた先生の後ろ姿がそこにあった。
 家のある新宿に戻ってきて正解だった、ってことだ。後ろ姿を見失わないよう気をつけながら、人波を掻き分けるように進み距離を詰めていく。
 十数メートルのところまで近付いたところで、先生が交差点を右へと曲がっていった。早く追いつかないと見失う。少し焦りながら同じ方向へと走っていくと、ちょうど丁字路へ曲がっていく後ろ姿が見えた。
 やばい。ホントに見失いそうだ。慌てて丁字路へ駆けていき辺りを見回す。
「…居ない…」
 ち、と思わず舌打ちが零れた。けどまだそう遠くへは行ってないはずだ。少し先にある十字路へ急いでまた辺りを見回すけれど、姿は無かった。真っ直ぐなら姿が見えるはずだから、行き先は右か左。…どちらへ行けばいい。早く決めないと追いつけない。間違えても追いつけない。
「―――ココはやっぱ、コレか」
 ポケットを探りコインをひとつ取り出して、キン、と指で弾いたそれを手の平で掴み取る。
「表なら右、裏なら左だ。―――頼むぜ、先生に追いつかせてくれ」
 コインを握りしめた拳を眉間の辺りへ翳して目を閉じ、そう念じて目を開く。いつもと同じやり方でコインを指で弾き上げ、宙でくるくると回転しながら落ちてくるそれを、左手の甲と右手の平でパンと挟み取った。
「さァ、どっちだ―――」
 右手を上げる。左手の甲に乗っていたコインは、表が上を向いていた。
「表―――右だな」
 字面からいっても表は良い感じがする。よし、と呟いて右の道へ折れて先を急いだ。



 人波を掻き分け足早に歩きながら、見失った背中を一心に捜す。交差点に差し掛かる度にコインで行き先を決め、ひとりも見逃さないよう目を皿にして。
 幾つ交差点を曲がっただろう。いい加減追いつけ、と心の中で念じたその時だった。少し距離を置いた先に、捜していた後姿をようやく見つけた。
「―――!!」
 もう見失わねェ。一秒でも早く、と走るようにして追いかけ、一週間ぶりに先生の肩へと手をかけた。
「先生ッ!」
「! ―――っ、祇孔?!」
 突然現れたオレに先生はかなり驚いたようだった。動きを止め目を丸くしてこっちを見ていた先生は、すぐにはっと我に返って一目散に逃げ出そうとした。ここまで来て逃がすか莫迦野郎、と腕を伸ばして逃げようとする肩をがっちり掴まえる。
「逃げンなよ。―――つかなんで逃げてんだ、先生」
 ようやく掴まえられたことに少しほっとして、深く息をついた。後は、色々聞き出すだけだ。
 腕に抱えている先生の顔を覗き込もうとすると、ばっと顔を背けられた。
「別に、逃げてない」
「さっき逃げようとしただろ」
 突っ込んだけれど反論はこなかった。顔を背けたまま黙り込んでしまう。道のど真ん中で押し問答もない。空いている手で道端を示し肩を押して、場所を移した。
 隙あらば逃げだそう、って気配はない。肩から手を外して壁側へ先生を立たせ、オレはその正面に立って、顔を覗き込む。
「なぁ、逃げてねェで、何かあったんなら言えよ。―――オレが何かやらかしたんなら余計、はっきり言ってくれ」
「逃げてる訳じゃないよ…」
 そう呟くと先生は俯けていた顔を上げ、オレをじっと見上げてきた。
「―――祇孔、今週の月曜、何してた」
 何か探るような台詞に、やっぱり今週のコトかと腑に落ちた。けどやっぱ心当たりはない。
「言っただろ。御門からの厄介事片付けてた」
「へぇ。…厄介事、ねぇ」
 引っかかる言い方に眉をひそめる。ふいと一度視線を外した先生が、ぼそりと呟いた。
「女の子とデートだったんじゃないのか」
「…は?」
 何か妙なことを言われた。一瞬台詞の意味が判らなくてぽかんとしてしまう。
「…それを厄介事とか、相手の子に悪いだろ」
「―――ちょ、ちょっと待てよ、なんだそれ」
 オレの台詞に龍麻は顔を上げ、険しい表情で詰め寄ってきた。
「だってお前、月曜の夜女の子と新宿歩いてただろ。オレ、見たんだぞ」
 真剣な目の色が、冗談でも勘違いでもなくオレを見たと言っていた。
「お前以外とンなコトするかよ。―――ったく、どーいうコトだッてんだ…っ」
 訳が判らず頭をがしがしと掻き回す。やってないんだから認めるもなにも無い。けどその態度が責任回避しようとしてとぼけているように見えたんだろう。むっと顔をしかめた先生に胸倉を掴み上げられた。
「どーいうコトもなにも、笑いながら楽しそうに歩いてたじゃんか。長い黒髪で、白いふわっとしたスカート着てた……っ、そう、あんな感じの子と!」
「いや、だから―――、あぁ?」
 びし、とどこかを指差す先生の言葉にはっとして、指し示された方向へ顔を向けた。そこには確かに長い黒髪に白いスカートの女子がいた。
「あれ―――なん、で…」
 どうして今日こんなタイミングでこんなところに当の彼女がいるのか、ってことに先生が驚く。けどオレは、その後ろ姿―――というか放つ気に覚えがあった。まさか、と思いつつ、けどどう言ったらいいのかと言葉を探していると、その女子が何かに気付いたような仕草でくるりとこちらを振り返った。
「―――これは、龍麻様も御一緒でしたか。…村雨、捜しましたよ」
 固まってるオレ達の方へゆっくりと歩いてきたのは、御門の式神、芙蓉だった。
「月曜の件で、少々不具合がありました。急がなければならない類のものではないようなので、数日中で構わないから対処しておくようにとのことです」
「…え、ちょ………っと、それじゃあ…」
「な。ちゃんと月曜に仕事してただろ? ―――んで、そん時一緒だったのが、コイツだ」
 先生とオレの反応は理解不能だというような貌で、芙蓉が首を傾げながら仕事に関するメモを差し出してきた。それを受け取りながら先生を見遣る。と、ようやく自分の勘違いに気付いたようで、恥ずかしさにみるみる顔を赤くし、驚きにぽかんと口を開けて、立ち尽くしていた。
 御門からの仕事を月曜に持ってきたのは芙蓉だった。1人では手が足りなくなるかもしれない内容だから芙蓉を連れていけ、っつー御門のありがたーいお言葉に従って、仕事を2人で片付けた。その後、ちょっと気になることがあったから御門に直接言っとこうと思って千代田に向かったんだけど、その道中、確かに芙蓉の肩を抱いて歩いたことはあった。あったけどそれは口説くとかそんなんじゃなく、そうすると芙蓉が厭そうな顔をするのが面白くて、だ。式神に惚れたりとかオレには考えられない。
 で、いつもとは違う格好をしていた芙蓉に気付かず、フツーの女子だと勘違いして、オレが浮気でもしてると思ったんだろう。
「オレぁ先生一筋だ、っていつも言ってンだろーが。…信じろよ」
「………知るか、莫迦野郎」
 顔を赤くしたままぽつりとそう呟くと先生はふいと背中を向け、いきなり歩き出した。慌てて追いかけようとすると、先の言葉に返事をしなかったからか、芙蓉に呼び止められた。
「村雨、確かに伝えましたよ?」
「あー、判った判った。明日にでもやっとくって御門に言っとけ」
 今日は先生と一緒にいた方がいい。そう直感したオレは芙蓉にそう言い置いて、先生の後ろ姿を改めて追いかけた。



モドル ススム

カエル