無言のまま足早に歩く先生の後についていき、先生のアパートへ向かった。
勘違いだと判って貰えはしたものの、アパートへ着き部屋に入ってからも全くといっていいほどしゃべってくれない先生を目の前にして、どうしたものかと困り果てた。幾許か思案した後、ベッドに腰掛けた先生の足許へどっかと座り込んだ。あぐらをかいた両膝へ両手をついて、深々と頭を下げる。
「オレが悪かった。…謝るから、許しちゃくれねェか」
俯いたままの顔を窺うようにそっと見上げた。その台詞に唇を噛んだ先生が、少しの間を置いて顔を上げる。
「…村雨、悪くないじゃないか。―――オレがただ勘違いしてただけで」
「んー…」
やっぱりそうくるよな。こういう時の言葉の使い方、ってのは慣れてないから難しい。頭を掻きながらもう一度思案して、再度顔を覗き込む。
「オレにとっちゃ女と思えない相手でも、余所から見たら女なんだ、ってコト判ってなくて、それが原因で先生に誤解させちまった。だから、オレが悪いんだ」
ひくりと肩を揺らした先生が、ほんの少し顔を上げた。
「次から気をつけッから、………なぁ、折角久しぶりにふたりっきりになったんだぜ? 顔上げて、こっち来てくれよ」
手を差し伸べて、返事を待つ。少しすると、ふっと先生の口許が緩んだ。
「―――莫迦野郎」
「…悪かった」
「違うって。…祇孔がこっち来いよ」
差し伸べていた手を逆に引っ張られて、腰を浮かす。少し困ったような顔で笑う先生の表情にほっと胸を撫で下ろし、立ち上がって隣へ腰を下ろした。
「しかしよ、…芙蓉の気配、本当に判らなかったのか? 何度も一緒に戦ってンのに」
話を蒸し返すオレに先生は少しふくれ面をして、ぷいと反対側を向いてしまう。
「逢えないと思ってたのに偶然見かけたら嬉しくなるじゃん。仕事終わってたらラーメンくらい一緒に食いにいけるかな、って思って近くへ行ってみたら誰かと一緒だし、なんか楽しそうだし、…つい」
「つい?」
言葉の続きを促すと、横目でじろりと睨まれた。
「怒らせたいのか」
「…いや、ンなことねェよ」
これはもしかしなくても、ヤキモチ焼きすぎて周り見えなくなってた、ッてコトか。
「―――じゃあなんで笑ってんだよ」
身に余る光栄、ってヤツか。と考えていたらいつの間にか笑っていたらしい。本当のコト言えばまたヘソ曲げられかねない。いや、と首を横に振ってみせた。
「…久しぶりに先生に逢えて嬉しいンだよ。なんたって一週間ぶりだぜ?」
「―――ごめん」
「まぁ、その話はもう終わりってことで」
ついと手を伸ばし、先生の頤を指先で軽く持ち上げて、唇を落とす。瞼を伏せて唇を軽く幾度か啄むと、それに応えるようにして先生の唇が薄く開いた。空いている手を背中から後頭部へ差し向けて支え、顔を更に傾けて、唇を重ねた。このままベッドへ雪崩れ込みたい、そう思った。
「先生……」
いいか、と問おうとした瞬間、オレと先生、2人分の腹の虫が同時に『腹減った!』と鳴き声を上げた。その音にはたと動きをとめ、至近距離で思わず顔を見合わせて、一斉に吹き出してしまった。
「―――ちょ、っと、何それ、タイミング良すぎ…!」
「いいトコだったのに、台無しだな」
腹を抱えて笑う先生の横で、膝に肘をついてオレも一緒に笑う。ふと顔を見上げると、すっかり明るい表情になった先生がこちらを見ていた。
「とりあえず、何か食いに行こうよ」
「そうだな、ひとまず腹ごしらえといくか」
どちらからともなく立ち上がり、玄関へと向かう。
「…実は、昼から何も食ってないんだ、オレ」
「オレもだ」
靴を履きながらまたお互い顔を見合わせて、笑う。妙なところで同じだ。
「今晩はオレが奢るぜ。…何食いたい?」
「んー…っと、そうだなあ」
相談しながら部屋を出て見上げた空は、いつの間にかきれいに晴れていた。
西の空を赤く染める日没の光に目を細め、オレは先生と2人で繁華街の方へゆっくりと歩き出した。
<了>
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