蜜色の月
村×主






「なぁ、シようぜ」
「……た、たまには、大人しく……さ、ゆっくり寝よ?」
 むうっと目を細め眉根を寄せて村雨が睨むように見上げてくる。ベッドヘッドに追い詰められながらも拒絶を身に纏い服の合わせをぎゅっと掴んで村雨を見下ろす龍麻。
「つれないコト言うなよ……久しぶりだってのに」
「…っそ、それとコレとは、話が違うッ!」



◇   ◇   ◇




 確かに久しぶりだった。村雨に逢うのも、龍麻の部屋に村雨が遊びに来るのも。
 どうしてかといえば、理由は至極単純で。
 龍麻は、日増しに増えていく戦闘に備える為、仲間の戦闘能力の底上げを狙った旧校舎探索に精を出していた。村雨は、濃くなっていく邪気から秋月を護る為、ひいては東京を穢す邪気の調伏の為、御門と共に各所に張った結界の綻びの修復やら新たな結界の構築やらで忙しかった。
 そんなこんなでふたりが逢えなくなってから一週間が経つ。他の者からしてみれば『たかが一週間』、けれど当人達にとってみれば『もう一週間』という想いの方が強く。ようやく逢えた土曜の夜、久しぶりにふたりで歌舞伎町界隈を歩き回し、龍麻の家へいつものように村雨は上がりこんだ。
 帰宅途中の戦利品で一杯やっているうちに、久しぶりという想いも手伝ったのか、好い雰囲気が漂い始めた部屋の中。『今日は大人しく寝よう?』と妙なことを言う龍麻に構わず、手を伸ばして村雨は隣に座る身体を引き寄せた。抵抗されるかと思いきや素直に寄ってくる龍麻に気分を良くした村雨は、彼の漆黒の髪に触れ真白な頬に触れ、ついでに顔を寄せて促すように低く名を呼んでみた。『ちょっとだけ、だからな』と言いつつ照れたような貌で軽く睨み、それから素直に瞼を閉じる龍麻の様子に相好を崩すと、啄ばむように久しぶりの口付けを交わす。
 啄ばむようなそれが次第に深くなるにつれ、切れ切れに『も…よせ、って』とか『ちょっとだけ、って、言っただろ…?…ッ』とか漏らす龍麻の声をあっさりと無視し、村雨は彼の腰へと手を添わせていく。
 素直に行為を受け入れていた龍麻の抵抗は、その瞬間から始まった。



 少し硬くなった肩を解くように幾度も唇を啄ばみ、耳元で甘く低い声を響かせて。くたりと力が抜けてきた背に手を回し、更に身体を寄せてもう片方の手を見た目より細い腰へと回そうとした瞬間。
「…ッ…や、め………っらさ…め…ッ!」
 ぱしん、と。高く音が響く位に強く、村雨の手が叩き落とされた。
「…っに、するんだ、先生」
 眉を顰めてもう一度手を伸ばす。今度は叩き落されるだけでなく手首をがっちりと掴まれて床の上へ縫い止められてしまう。上背はあっても基本的な力はどちらかというと龍麻の方が強い。本気で抵抗されたらきっと拳骨のひとつやふたつ確実に喰らうだろう。それが判っているだけに、腰へ手を回すのをひとまず諦めて少し身体を引くと、貌を紅くしながら息を上がらせている龍麻の貌を眺めた。
「…どうした?」
 身体を合わせた回数はもう二桁にもなるというのに、こんな風に抵抗されたのはその日が初めてで。訝るような表情で首を傾げると、龍麻の紅い頬へ手を伸ばした。
 触れた瞬間、ひくりと肩が戦慄く。竦めかけた肩をゆっくりと下ろし、頬を撫でる村雨の手を伏せた視線で追いかける。その様子を見る限りは、行為を厭がっているようには見えなかった。更に村雨の疑問が深まる。
「先生……厭かい?」
「…っち、がう……けど…ッ」
 じゃあ、と縫い止められている手を上げようとすると、駄目、と小さく叫んで更に手首を押さえつけられてしまう。なにか思案するような貌で村雨は目を伏せる龍麻を暫く眺め、ふいっと顔を下げると彼の顔を覗き込む。
「これは、いいのか」
 口付けようと顔を近付けると、僅かに首を引く素振りを見せるものの直ぐに目を閉じ、触れられるのを待つ。そうして余計に先刻龍麻が取った行為の意味が判らなくなってしまう。
 取り敢えず。龍麻が深い口付けに弱いことはもう知っていたから、吐息を交わし口腔へ舌を伸ばす。時折くぐもったような声が漏れ、少しずつ唇の開きが大きくなっていく。注がれる蜜に龍麻は喉を鳴らし、その口の端から飲み込みきれない蜜が伝い落ちた。こめかみから指を差し入れて髪を梳いてやるとその感触が気持ちいいのか、村雨の手に擦り寄るように龍麻の頭が揺れた。
「も……やめ、ろ…ッて…っ」
 長い口付けに警鐘を感じたのか、密着する村雨の身体を押し返す手の力が強くなる。そうしている最中ですら相変わらず酷く甘く薫って村雨を惹きつける龍麻の表情。途切れ途切れに落とされる声もくぐもった喘ぎも、微かな吐息すら耳には甘い。不覚にも眩暈を覚えそうになり、心の中で苦笑しながら、制止の声を無視して更に深くを舌で探った。
 舌が口腔を辿る度に龍麻の身体から少しづつ力が抜けていく。床の上に縫い止められた村雨の手首を押さえる龍麻の手からすっかり力が抜け落ちたことを確認して、村雨は一息に龍麻を抱き上げた。
「…ちょ…ッ……村雨…ッ!」
 ふたりの間に力の差があるとはいえ、村雨も平均的な高校生よりは力がある。弛緩してしまった龍麻を押さえ込むことも、その身体を抱き上げることも、軽々とやってのけるくらいの力は持っている。
 久しぶりの深い口付けに融かされた龍麻の身体にはなかなか力が戻ってこなかった。それでもじたばたと暴れてはみるが、逃げ出すことが適わぬまま、寝室のベッドの上へ連れ込まれてしまう。少しだけ伸びた龍麻の爪が頬を掠ったのか、薄く朱を引いたように紅くなった頤を指で辿り気にしながら、村雨はベッドの上で龍麻を押さえ込みにかかる。
「…ッや、めろ……って………ッ」
 必死になった龍麻が両腕両足を振り回してどうにか逃げ出そうと暴れ出す。あまりの抵抗に少し眉を顰めながら龍麻の腕を押さえようと上体を伸ばす村雨。その鳩尾に我武者羅な龍麻の蹴りが命中したのは、一瞬後のこと。
「…っぐ…」
 胃を抱えるようにして腰を折る村雨を見ながら、どうにか普通に動くようになった身体を引き摺って龍麻はあとずさる。
「先生…やってくれるねェ」
 低い低い声を発しながら顔を上げた村雨の瞳は、切れる寸前の様相を呈していて。
「ごめん、村雨………っけど、御前だってちょっと強引過ぎるぞッ」
 慌てていたとはいえ流石にやりすぎたかと反省しながらも、やはり村雨から逃げようとする龍麻。
 ―――――という顛末で、話は冒頭へ戻る。




  ススム





カエル