蜜色の月 村×主 2 |
「……どう話が違うのか、はっきり言っちゃァくれねぇかい?先生」 そう問えば黙り込んでしまうのだから、話が進展しない。 「俺のコト、厭になったか?」 ぶんぶんと力一杯頭を振って否定する龍麻に片眉を上げて、少し近付く。 「…んじゃ、下手かい?」 何が、とは言わなくても通じてしまうのが嬉しい。ばっと顔を紅くして、困った顔で逡巡しながら小さく『そんなこと、ない』と呟く様が、おあずけを喰らった村雨の理性を切り崩していく。即答で肯定されなかったことに多少安堵し、また少し近付きながら、黒曜の瞳を覗き込んだ。 「久しぶりに逢えて、先生に触れたいと想うのは、いけねェか?」 「いけなく…ない、けど…」 「じゃァなんでそんな逃げるんだ」 きゅ、と唇を噛み締め視線を伏せて黙秘。ふぅ、と溜息をつく村雨。 「し……しないで、ただ寝るだけだって、たまにはいいじゃないか…ッ」 「…惚れたヤツと一緒の布団に潜ってるってのに、なにもしないでいられるほど……デキた人間じゃァないんでね」 じと、と睨めつけるように見詰める村雨の視線に、びくりと龍麻の肩が揺れる。また目を伏せてしまう龍麻をじいっと見ていた村雨の口元が、なにか楽しいことを思いついたようにゆるりと笑みを浮かべた。 何も仕掛けてこなくなった村雨に少しだけ安堵しながら、龍麻はじっとシーツを見詰めていた。別に、一緒に寝るだけだって、充分楽しいじゃないか、なんて村雨にとっては蛇の生殺し的なことを考えながら、きゅうっとシーツを握り締める。 と、瞬間的に膨れ上がった村雨の気に気付き、慌てて顔を上げた。 「…封ッ!」 びくん、と自分の身体が跳ねたかと想うと、ぐらりと上体が傾いだ。何が起きたのか判らず混乱したまま倒れこんだ龍麻を優しく受け止めると、村雨はそっとベッドの上へ身体を横たわらせる。 「なに…し…ッ?」 「素直じゃねェ先生には、ちっとばかし『お仕置き』しねェといけねェよなァ」 見れば、村雨の左手に掌大の符が挟まれている。にやっと笑う村雨が左手の符に口付けると、瞬間、龍麻の背筋を甘い痺れが駆け抜け、びくりと身体が戦慄いた。 「別にたいしたこたァしちゃいない。…四肢の運動神経繋がせて貰っただけさ」 「たいした……ことだろーが…ッ…」 全く動かせないわけではないけれど、重い倦怠感のようなものが纏わりついていて、指一本動かすことすら億劫に感じてしまうような状況。四肢の運動神経だけでなく、その他の運動神経や感覚神経も一部繋げられてしまっているようで、喋ろうとしても呂律が上手く回らず、符の上で呪に囲まれた人形に触れられただけでその感覚が龍麻へと伝達されてしまう。 眉を顰めながら龍麻はなんとか身体を動かそうとする。 「……これと繋がれてるってのにそれだけ動けるなんざ、流石先生ってトコか」 「莫…ッ迦や……解け、って…これっ!」 呂律回ってねぇ先生も可愛いな、などと鳳凰をかまされても文句の言えない暴言を吐きながら、ずいっと更に近付いた。完全に追い詰められた龍麻の眼前で、すうっと笑みを収めた村雨が、至極真面目な貌で黒曜を覗き込む。 「なァ……龍麻。本当に俺のことが厭で、抱かれるのも厭だッてェんなら……はっきりそう言ってくれ」 名前を呼ばれたことに、龍麻は反応した。いつもは『おい』とか『なぁ』、よくても『先生』としか呼んだりしない。村雨が『龍麻』と名を呼ぶのは、身体を合わせている最中だけ。だから、だろうか。半ば刷り込みのような状態でそれに慣れてしまった頭と身体は、村雨の声で己が名を呼ばれただけで、散らし難い熱を孕みはじめてしまう。 片手を龍麻の頤に添え、親指を紅い唇に伸ばす。 「この口ではっきり『厭』って言えば、もうなんにもしねェ。……今日は厭だってェんなら、そう言え。本当にそう思ってンなら…今晩だけは、大人しく一緒に寝てやる」 薄い唇の感触を確かめるようにゆっくりと指が滑っていく。 じっと龍麻を見据える村雨の瞳の奥に感じる微かな不安。村雨のことを嫌いになった訳ではなく、触れられることが厭になった訳でもなく。それでも本当の所を言葉に出来なくて、龍麻は口を噤むしかなかった。 「……なンにも言わねェんなら、許可と取るぜ?」 頤に添えられている村雨の手に力が篭る。 「あと5秒待つ。…それでも言わねェなら……抱くからな」 凪のように静かな、狂気に近い想いを孕む声。切なげな、どこか悲しげな。 ぐるぐると村雨の声が龍麻の頭の中で回る。 「…いち………にぃ…」 一週間も離れていて、逢いたくなかった訳がない。 「さん……………し」 村雨、と小さく龍麻が呟いた。おう、と村雨が低く返す。 「御前のこと……好き、だよ」 「……俺もだ」 最後のカウントは口付けに消え、堰を切ったように村雨は龍麻をきつく抱きしめた。 |
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