蜜色の月
村×主






 村雨の腕の中で、龍麻が啜り泣く。
 快楽の根を堰き止められてからどれくらい経つだろう。数分が数十分数時間にも想われるほどの感覚のずれ。注ぎ込まれる愛撫はいや増すばかりだというのに、解放する術を失った身体は匂い立つほどに上気し、甘受させられている愛撫は最早、責め苦の域。
 仰向けに寝かされていた身体を抱き上げられ、背後から抱き竦められる。力の入らない身体はくたりと広い胸に凭れ掛かり、与えられる悦にびくびくと震えながらうわ言のように己を抱く人の名を呼ぶ。その声音に切羽詰った強請りの色が混じり始めたのを知り、村雨の口元に深く笑みが刻まれた。
「……どうした?」
 答えの判りきった質問。ただ龍麻を追い込む為だけに落とされる、幾度目かの問い。絶えることのない愛撫に焼かれ続けた思考は、応えへの戸惑いを捨てて、ようやく望みを喉の奥から吐き出した。
「…っね、が………ぃか…せ、て…っく…」
「……どうしたら、達けるンだ――?」
 畳み掛けられる問いに、生理的な涙が零れる。力なく横に振られる彼の耳元で、『言わなきゃ判ンねェぞ』と愉しそうな村雨の声が響いた。



 滞る熱を引き下げられた昂ぶりからまたとろりと涙が零れ落ちる。根元を縛めていた指を外して先端の窪みを抉るようにその雫を掬い取ると、龍麻の唇に軽く触れさせた。要求するまでもなく開かれた唇が濡れた村雨の指を咥え込み、濡れた音をたてて舌を這わせる。その様を舐めるような視線で眺めていた村雨の耳に、龍麻のくぐもった声が届いた。
 蜜に濡れた指を引き抜き、再度声を促す。
「……っら…さ、め…ぇ……っ」
「どうした…?」
 耳元で囁かれる声はあくまでも優しげで。焦らされ続けた身体が、身体の奥を探り前立腺をきつく撫で上げた指の動きに、ようやく箍を外す。
「…ほ……し…っ」
「何を」
「む……ら、さ…め……が…ッ」
 覗き込んだ瞳の色が、霞みがかった中に喩えようのない艶を湛えていることに、村雨が満足そうに微笑う。濡れた龍麻の貌を見詰めたまま、村雨が指をぱちんと鳴らした。その音に呼応して、ベッドサイドに置かれていた符から青白い冷たい炎が立ち上り、掛けられていた呪が霧散する。
「俺が?…何処に欲しいんだよ…?」
「…っれ……な、か……にッ…」
 ずるりと指を引き出し、濡れたそれに口付けながら微笑う。後ろ向きに抱えていた身体をぐるりと返して膝の上向かい合わせに座らせると、龍麻の中を探っていた指で喘ぐ唇をなぞり、手の平で頬を撫であげる。
「…最初から…ちゃんと、言ってみろ」
 縋るような強請るような瞳が、濡れたまま村雨を見詰めた。浅い吐息を零すその目の前で、村雨が己が唇をゆるりと舐める。その光景にひくりと肩を震わせて、龍麻は戦慄く指を村雨の肩へと伸ばした。
「お…れ、の……なか…に………むら…さ、めっ…いれ……っほ、し……」
 頬に添わせた親指で左の目元を拭い、頤を引き寄せ唇で右の目元を拭った。
「いつもみたいに呼べよ…龍麻」
 低い声にひくりと喉を震わせると、引き寄せられるまま村雨に凭れ掛かり唇を寄せる。
「…っふ…ァ……祇孔ォっ……」
「……もっと」
「ん……っしこ…ぉ…ッ」
 戦慄く唇が口付けを強請り、摺り寄せられる下肢が甘く刺激を返す。嬌態に煽られた村雨自身も既に硬く勃ちあがっていて、擦り寄った龍麻の下肢で揺れる昂ぶりと時折擦れ合い、更に体積を増した。



 遠慮なく擦り合せられる腰の蠢きに笑みを零しながら、村雨が上体を後ろへゆっくりと倒す。まるで龍麻が村雨を押し倒しているような格好のまま、揺れる腰へ回された大きな手の平が龍麻を促した。こくりと息を呑み、痺れたように疼き続ける腰を上げ、龍麻が村雨の腰を跨いだまま少し上へとにじり寄る。
「し…こぅ……ほし…ッ…」
 思いの他長い指が村雨自身を屹立した状態に支え、窺うような視線を眼下へ落とす。
「……いいぜ。来な」
 与えられた言葉に更に蕩ける瞳。はあっと息をつきながらそろりと己の中へ村雨を導いていく。
「好い……眺めだな」
 解放を強請るように濡れて揺らめく屹立、あちこちに散らされた紅い鬱血の痕。そしてなにより、村雨を欲しがってとろりと蕩けた龍麻の貌が、村雨を虜にする。



 こんなに執着した存在は今まで居なかった―――――



 昼の姿も夜の姿も、どちらも村雨をきつく捕えて放そうとはしない。どちらがどちらに囚われたのか―――自嘲めいた笑みを浮かべ、先の括れを呑み込もうとしている龍麻の腰を、村雨は有無を言わさず強く引き寄せた。
「っあ、ああ、ああああっっ!」
 突き入れられた衝撃に高い嬌声があがり、後孔が満たされると同時に焦らされ続けた昂ぶりが白濁を吐き出した。くたりと倒れかかる身体を支え、くすりと苦笑する。口元に飛んだ雫をぺろりと舐め上げると、下から突き上げるようにして龍麻の蕾を散らしていく。
 溜息のような喘ぎと跳ねる肢体。次第に自分から腰を揺らすようになり、村雨は弾けそうな自身を宥めるのに苦労する。柔らかく熱い締め付けに、幾度も酔わされた。
 互いの名を呼びながら急な高みを共に駆け上り、腕の中の熱い身体に誘われるまま同時に果てる。快楽の余韻に浸り戦慄く身体を抱き締めながら、薄く笑みを浮かべた唇をぺろりと舐め、村雨はまた龍麻の身体を貪り始める。
 互いに幾度か果てた後。倒れこんできた龍麻を抱き締めたまま飛ばしてしまった意識が戻ってきたのは、日が翳ろうとする時分になってからのことだった。



◇   ◇   ◇




 先に目が覚めたのは、村雨だった。後始末をしないまま眠り込んでしまった身体はべとついていて気持ちが悪く、どうしたものかと思案する。ふと隣へ視線を転じると、微かな笑みを浮かべて眠る龍麻が目に入った。すうすうと眠る横顔を暫く眺め、ついっと手を伸ばすと頬を突付いてみる。むずかる様子が面白くて、子供の悪戯のように幾度も突付いてしまう。とうとう目を覚ましてしまった龍麻に頭を小突かれて、村雨の悪戯は止んだ。
「ふぁ……今…何時…?」
「……4時過ぎ」
 寝ぼけたような声に応えた村雨の台詞に、龍麻が驚いてがばっと跳ね起きる。
「っっつ、ぅ……ぅッ」
 びく、と身体を強張らせ、そのままとさりとベッドに倒れこむ。どうした?と問う村雨に、判ってて訊くな莫迦野郎、と声が返ってきた。
「……だから厭だったんだ。いっつも御前と逢うとこんな調子だから………折角久しぶりに逢えたってのに、何処へも遊びに行けやしない」
 ぶつぶつとぼやく龍麻の台詞に今度は村雨が反応した。
 ぐい、と身を乗り出し、龍麻の頤を掴んで上向かせる。
「まさかと想うが……」
 そこまで言った途端、かああっと貌を紅くしてシーツに懐こうとする龍麻を無理矢理引き剥いで、両腕で貌を挟み俯けないようにする。それでも、と視線だけあらぬ方向へ流し、きゅうっと唇を噛む仕草が堪らない。
「……可愛いな、龍麻」
「…ってめぇ……オトコがオトコに『可愛い』って言われて、喜ぶとでも想ってんのかよっ?!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ龍麻を、村雨は有無を言わせず抱き締めた。



 とどのつまり。
 久しぶりに村雨と逢えると想った龍麻は、折角だからどこかふたりで遊びに行きたいと想っていて。ただそれには、夜大人しく寝る必要があった。……何故かと言うと。
「御前はいつもいつも、なんで立てねぇくらいやりたがるんだっ」
「んん?…なンだ……立てねェくらい、好かったのか?」
 と、いうことで。
 何処にそんな精力が隠れているんだ?と疑問を持ちたくなるほどスレンダーな体型であるにも関わらず、村雨は、毎夜褥の中で龍麻を翻弄して余りある精力を誇っていた。
 お陰で、泊まりに行った翌日は必ず一日を部屋で過ごさなければならない羽目に遭っていて。だからこそ、の龍麻の行動は、やはり昨晩も実ることはなく。
 結局、折角の休日をまるまるベッドの上で過ごしてしまう結果になっていた。
 ありがちな結末、と肩を落とす龍麻に、村雨は優しい口付けを施す。
「そんなに遊びに行きてェんなら、次の休み……一日用意するか」
 思わず見上げる龍麻の目に、にっと微笑う村雨の貌が映る。
「車も要るか?」
「……運転できるのかよ、御前」
「当たり前だろ」
 不敵に笑う、高校生らしからぬ高校生。この笑みに、幾度懐柔されてきただろう、とあれこれ思い出しながら、龍麻は心の中でひとつ溜息をついた。



 それでも、好きなんだから、仕様がない―――――



 観念したように力を抜き、だるい両腕を伸ばして村雨の首に抱きつく。
「俺の家まで迎えに来いよ」
「……了解」
 ちゅ、と額に落とされた口付けに、龍麻はようやく微笑う。
「取り敢えず―――――このままじゃ気分悪ィな……風呂にでも入るか」
「……晩飯、御前の奢りな」
「非道ェ」
 くすくすと笑みが零れ落ちていく。ふわりと抱き上げられるまま、風呂へと運ばれる。『まさか風呂でまでコトに及んだりしないよな……』と、一抹の不安を覚えながら。



 ひとまずの蜜月に浸りながら。
 ふたりはそれぞれ次の休みへと思いを馳せていた―――――









モドル  





カエル