2009.06.15 UP

君に抱く想いのカタチ
〜1〜


 天城を助けようとして里中が独りで先に中へと駆け込んでいってしまった。それを追おうとした俺たち2人は、どう形容したとしても『城』としか言えない威容をもってそびえるその建物を見上げたまま、暫くの間立ち尽くしていた。
「―――センセイ、まだ行かないクマ? チエちゃんが心配クマよ」
 足許に近い方から声をかけられて、ようやく我に返る。
「…や、うん。行くけど、―――ちょっとびっくりして」
 だってそうだろう。最初に足を踏み入れたあの部屋は『現実の世界』では極々ありふれた寝室然としたところだった。時期的に見ると小西先輩だろうけど『誰かの気配』があったとクマの言っていた酒店だって、実際に商店街の一角にあったものとほとんど同じだった。だから3人目の天城が落とされたのもまた『現実の世界』とよく似たところかと思っていたから余計に、…なんというか、なんでもアリなんだなと驚いた。
「………やー、これはびっくりすんだろ。マヨナカテレビに映ったときの格好は確かにドレスっぽかったけど、まさかこんなデカい城建ってるなんて、…思わねぇってフツー」
 隣で大きく息をついた陽介が、そう言って頭を掻いた。
「だよな」
「おう」
 俺もひとつ大きく息を吐いて、城を見上げた。『城』なんて形容がしっくりくる外観なだけに高さは結構ありそうに見える。少なくとも5〜6階、…いや、7階くらいはあるだろうか。
「ラスボス的なのが居たりとか、…そんな流れじゃないよな、コレ」
「…ああ。見た目ちょっとRPGチックだけど、これはゲームじゃなくてリアルだし、こないだ見た花村のアレ考えると多分…場所とかよりも時間のほうが問題だよ」
 少ないながらも今までに集まった情報を総合して考えると、そういう結論に誰もが行き着くだろう。腕を組みながらそう応えると、腰に手を当て少し難しい貌をして城を見上げていた陽介がこくりと頷いた。
「―――だよな。…となれば急ごうぜ。里中のことも心配だ」
「お、やっと出発する? そんならクマは後ろのほうから応援するクマ〜」
 周囲をうろうろと歩き回っていたクマがぴょんと飛び跳ねてそう声を上げた。
 こっちの世界に入り込んでしまったヒトの気配やおおよその位置だけでなく、シャドウとやらの居場所や情報の管理なんかをやってくれるのは、正直ありがたい。俺たちだけじゃ最初はなんとかなっても、いつかきっと行き詰まってしまう。そんな気がする。
「こないだみたいな感じでバックアップよろしくな」
「おー、センセイのためなら頑張るクマー!」
 手触りの良いクマの頭を撫でてそう言うと、クマは腕捲りするような仕草とともに元気よくそう言ってくれた。
「よーし、じゃあいっちょ行きますか」
「そうしよう」
「おおー、出陣クマー!」
 両腕を掲げてときの声を上げるクマを見下ろし、陽介と2人顔を見合わせ苦笑しながら、黒と赤の縞模様を描いている城の入り口へと足を踏み出した。


◇   ◇



 クマが言うに『こっちの世界』は俺たちみたいな外の人間には余り良くないらしい。そもそも住む世界が違うから身体に合わない、ということなのかもしれない。初めて『こっちの世界』に来たときのことを思い返すと、確かにいつもより疲れかたが激しかった気がする。一種独特な、余り居心地が良いとは言えない雰囲気が漂っている。そんなイメージがある。
 2人と1匹(?)で入り込んだ城の中は、それ以上に独特―――というか、何か首筋の辺りが常にぴりぴりするような異様とさえ言える空気に満ちていて、一歩足を踏み入れた瞬間、思わず足が止まってしまった。
「―――判るか」
 隣に居る陽介も同じようなことを感じたんだろう。入り込んだところで足を止め、冷や汗をかきながらそう訊いてきた。
「ああ。…かなりヤバそうだな、ここ」
「あー、うー、シャドウの気配がたくさんするクマ…怖いクマよー…」
 俺の後ろにまん丸い身体を隠すようにして前方へ目を向けるクマが、頼りなさそうな声で呟く。大丈夫だよ、と頭を軽く撫でてやると、少しはほっとしたのかしがみつくのを止めた。
「行こう」
「…ああ」
 こくりと一度息を呑み、辺りに気を配りながら歩き出す。
「そういえば、お前結局何持ってきたんだ?」
「うん?」
 何のことか図りかねて首を傾げる。アレだよアレ、と言いながら陽介は人差し指で空を幾度か示すような仕草をしてみせた。
「武器のことだって。カタナはほらケーサツに取り上げられちまって渡せなかったし、…里中が連れてってくれた店にもそうたいしたモン無かっただろ?」
 そういうことか、と頷いて、制服の下からずるずると得物を引っ張り出した。
「おま、どこ入れてんだよ―――って、それ…持っててくれたのか」
 俺が取り出した得物―――――ゴルフクラブを見て、陽介が少し嬉しそうに顔を緩めた。伸ばされた手へとゴルフクラブを渡し、身体の正面に構えて斜めに薙ぐように振る姿を見る。
「さっき言ってたけど、あの店たいしたもの無かったし、それに花村と組んで戦うのは今日が初―――ってか初陣?だしさ。もともと振り回すためのモノだから、結構使い易いんだぜ」
「そっか。…良かった。なんか、選んだ甲斐があったな」
 へへ、と少し照れたように陽介は笑い、後頭部を掻きながらクラブを少し眺めた後、こちらへと差し出してきた。それを受け取り、ぶん、と一度振ってから、元通り制服の下へごそごそとしまう。どこにしまっているのか不思議そうな貌で陽介が制服の裾を捲り内側を覗こうとするので、笑いながら身を捩って逃げた。
「やめろって。―――そういや花村は何持ってきたんだ? 両手もいいな、っつってたけど、カタナの代わりになるもの、見付かったのか?」
「ああ、あの後ジュネスでもう一度探してさ、―――これ、持ってきた。」
 そう言って陽介が懐から取り出したのは、2本のモンキーレンチだった。
「やっぱ両手持ちするんだ」
「ちょっとレンチじゃ格好つかないけどな、…こう、両手使って攻撃ってなんか強そうじゃね?」
「かもな」
 歩きながらモンキーレンチを両手に持って構えている姿がちょっと笑える。その格好で軽くステップを踏む様子を眺めていると、不意に陽介がモンキーレンチをひょいと宙へ放り上げ、くるくると回転しながら、綺麗な弧を描いて落ちてくるその柄を何でもない風に受け止めてみせた。思わぬデモンストレーションに思わず目を見張る。
「―――花村、お前、…器用だな」
「うん? ―――ああ、これか?」
 少し得意そうに表情を緩めた陽介が、もう一度モンキーレンチを放り上げた。回転しながら落ちてくるそれを、放り上げたのと同じ手で器用に受け止める。その後構える格好はなんだか決めようとして失敗してる感じに見えて、笑いを誘われてしまう。…けど、放り上げて受け止める、というその仕草はなんだか妙に格好良かった。というか、得意そうに笑う顔も可愛く見えたり、………なんだか俺がおかしい。
「オレこーいうの得意なんだよね。どっちの手でもできるんだぜ」
 言いながら陽介は両手で交互にモンキーレンチを宙へ放り上げては受け止める所作を披露でもするかのように繰り返した。
 自転車に乗るといつもゴミ置き場とかに突っ込んだり、急ぐと必ずと言っていいほどコカンの不幸に見舞われたりするトコは情けなくてヘタレ臭くて可愛いのに、妙なトコ格好良いとか、反則だろう。
「けどそれなんとなく大道芸とかサーカスぽいよな」
「おま、ヒデェな。お世辞でも格好良いとか言えってー」
 あはは、と笑う方向に振って誤魔化したその時、後ろを歩いていたクマが突然声を上げた。
「気をつけて、シャドウが来るクマ!」
 一気に緊張が走る。前方に顔を向けながら武器を取り出して構える。地面を這う黒い影が見えた。こちらから仕掛けようかどうしようかと迷っている間に気付かれてしまったらしい。びくりと一瞬動きを止めたシャドウが、移動する速度を急激に上げて襲いかかってきた。



つづく

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