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「敵2体に先制されたクマ! センセイ、気をつけるクマー!」
黒と白の縞々模様の球体についた真っ赤な口から真っ白な歯を剥き出しにして真っ黒な舌をべろりと出した、異様な姿をしたシャドウが目の前に現れた。
「敵の攻撃が来るクマ、耐えてクマー!」
クマの言葉に慌てる間もなく、一気に近付いてきた球体の大きな舌でべたりと上半身を打たれてしまった。衝撃にふらりと数歩よろけるけれど転ばずになんとか踏み止まる。
「っ、大丈夫かッ?」
「…ああ、それよりそっち行ったぞ、気をつけろッ」
もう一体が陽介のほうへ飛んでいくのが見えて、とっさにそう叫んだ。それに反応して陽介が球体のシャドウを見上げる。その視界を避けるように左側へ回り込んだシャドウに体当たりされ、俺と同じように陽介がよろけた。
「花村!」
「なんともねー! 大丈夫だっ」
視界の端で体勢を立て直す陽介の姿を捉え、威勢の良い声にほっと胸を撫で下ろす。視線を2体のシャドウへと向け直し、攻撃の機会を待った。
「今度はこっちが攻撃する番だクマ! 頑張るクマよーっ」
先制はされたけど受けたダメージはそれほど大きくない。ここから畳みかける、そう強く心に念じてシャドウと相対した。
こちらをバカにでもするかのように舌をべろりと出したままふわふわと宙に浮かぶシャドウの姿は、ついこの間、『こっちの世界』の酒店で遭遇したシャドウとよく似ている。あのシャドウには俺のペルソナが持っていた魔法『ジオ』が通用した。あれとよく似ているこのシャドウにももしかしたら通用するかもしれない。
「―――ペルソナ!」
愚者のカードを手の平で握り壊してイザナギを召喚し、右側のシャドウにジオで攻撃する。稲妻が走りビリビリと耳に響く音を伴ってジオが発動すると、シャドウがもんどり打って倒れ込んだ。どうやらこのシャドウにとってもジオは弱点だったらしい。
「よっしゃあ! もーいっちょ行けぇぇっ!」
ぐ、と拳を握って歓声を上げる陽介に笑顔で応え、左側のシャドウへもジオをお見舞いする。すると先のシャドウと同じようにもんどり打って地に倒れた。これは総攻撃のチャンスだ。
「相棒、行くぜ!」
「ああ…っ!」
床の上苦しげに転がるシャドウ2体に2人がかりで総攻撃をかけた。ゴルフクラブで殴りかかり、跳ね返ったところでもう一打加えて、床へ転がったところへ肘を落とす。虫の息になったところでふと陽介のほうが気になり、視線をぐるりと廻らせた。
「―――っせ、やぁッ!」
軽くステップを踏みながら、陽介はレンチを大きく振りかぶりシャドウへと一撃を加えた。すかさず手にしたレンチをくるくると放り上げて逆に持ち直し、床にぶち当たったシャドウが跳ね返ってくるその勢いに自分の手を押し出す勢いを乗せてレンチで追撃し、遙か彼方へと吹っ飛ばした。
「ヴアァァァッッ!!」
陽介に吹っ飛ばされ星になったシャドウを見送りながら、足許で藻掻くシャドウへとどめの一撃を振り下ろした。上がる断末魔と共に霧散していくシャドウを見下ろし、自分の胸元に手を当てた。
鼓動が早い。なんだろう、これは。…さっき、陽介がレンチを器用に操っていた姿を見た時から、ずっとだ。それが、今し方シャドウをやっつけた陽介の姿を見て、更に跳ね上がった。
「おい、大丈夫か? どこかやられたのかっ」
胸元を押さえたまま動かずにいた俺のところへ、陽介が慌てて駆け寄り心配そうに顔を覗き込んできた。―――うわ、顔が近い。
「…いや、大丈夫。なんともないよ」
「そうか? …ならいいんだけどさ」
ふ、と息をついて身体を起こし、首を横に振って見せると、陽介は安心したように笑った。
「敵2体撃破だクマ! ヨースケもなかなかやるクマー!」
「うっせ! 『なかなか』とかヨケーだっつーの」
「あはは。―――けど花村凄いな、会心の一撃だったじゃないか」
「―――え、そ、そうかな。うん、あれはちょっと気分良かったかも」
照れて少し目許を赤くした陽介は、照れ隠しに頭を掻きながらあははと笑った。
「…じゃ、この勢いで2人をさっさと見つけて帰ろうぜ」
腕を伸ばし陽介と肩を組むようにしてそう言い、先を促すように歩き出す。
「お? おお、そうだな、早くしなきゃだしなっ」
にっこり笑いながら拳を握ってガッツポーズをして見せる陽介の姿に、俺の鼓動がやっぱり跳ね上がる。
―――笑顔とかヘタレなトコが可愛いとか、格好良くて押し倒したくなる、とか。男相手にそんなコト考えてたり、それでガラにもなくどきどきしてるなんて、どうにも俺らしくない。
「ヨースケ、クマはヨースケのコトちょっと見直したクマよ!」
「おま、オレの評価どんだけ低かったんだよ! ったく」
クマと笑いながら話をしている横顔を見ながら、でも事実だし仕方無いか、と悟ったような気分になった。別に今直ぐどうこうって話じゃないし、―――勘違いかもしれない。もうちょっと、見てみよう。陽介と居るのは面白そうだ。
俺は半ば無理矢理だけど取り敢えずそう結論付けて、陽介とクマと一緒に、里中と天城の捜索に改めて身を投じた。
<了>
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