「高原先輩!」
午前の授業が終わり、待望の昼休みが始まって間も無く。開けっ放しになっていた教室の扉から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あ、巽くん来たよ」
「うん。屋上行ってくる」
その声に気付いて教えてくれた天城の言葉に頷きながら立ち上がる。机の脇にかけておいた弁当の袋を手に取ると、隣の席から声が上がった。
「やっぱ今日お弁当だったんだ? いいなー!」
里中は羨ましそうな貌で弁当の袋をじっと見詰めた後、何か言いたげな貌で俺を見上げてきた。
「肉系なら私いつでも味見するからね!」
両手をぎゅっと握って席から身を乗り出してくる、その貌は期待に輝いていて、いつもの事ながらつい笑ってしまう。肉といえば里中か長瀬、ってのがある意味共通認識になってるんだけど、こういう貌を見てると本当に肉が好きなんだな、と思う。その傾倒っぷりにはいっそ感動すら覚える程だ。
「うん、判ってる。その時はまた頼むよ」
「お前こないだ食わせて貰ったばっかだろ? 次は俺の番だって、なぁ相棒!」
後ろから肩を叩かれた。振り返ると花村がにっと笑みを浮かべ親指を立てて見せていた。
「そういやそうだな。考えとく」
「和食系なら私にも声掛けてね」
珍しく天城まで弁当の話に加わってきた。自分からは余り会話に入ってこないタイプみたいだから、これはこれでなんだか嬉しい。
「ああ、もちろん。天城の感想って参考になるから、気合い入るな」
そう言うと、天城は少しはにかんだように笑った。
「じゃ、また後で」
「おー」
「いってらっしゃーい」
軽く挙げた手を肩口でひらりと振って、巽が待つ戸口へと向かう。
購買でパンを買ってきたクラスメイトとすれ違うようにして扉を抜けると、教室とは反対側の窓際に巽は立っていた。呼びかけに俺が応じたのを見て直ぐに扉を離れ、出入りする上級生の邪魔にならない場所へ身を引いて待つ。そんな殊勝さが滲むこの行為の意味に、一体何人が気付いてるだろう。
「待たせたな。行こうか」
「うっス」
神妙な貌でぺこりと頭を下げる様子がいつもの通り過ぎて、思わず口許が緩む。
「なに、笑ってんスか」
「何でもないよ。腹減ってるだろう。沢山作ってきたから全部食べろよ」
隣を歩く長身を僅かに仰ぐようにして言うと、どこか不機嫌そうに見えたその貌から険しさが少し消えた。そして向けられた視線を受けて、見返す。
「今日は中身何なんスか」
「屋上でフタ開けたら判るよ」
「あー…、やっぱ教えてくれないんスね」
はぐらかすような返答に巽はがっくりと肩を落とすと、俺から視線を外して溜息をついた。がりがりと頭を掻く仕草に、少しばかりの諦めが混じっている。
「食べる前に教えて貰わなきゃなんねぇ、なんてことは別に無い…ってのは判るんスよ。先輩が好意で作ってくれてるモンだし。…でもさ、ちょっとくらい、教えてくれたっていいじゃないスか」
少し言い辛そうにとつとつと言う横顔に悪戯心が湧く。屋上へと上がる階段の手前で少し身体を屈め、下から顔を覗き込むような体勢で訊ねた。
「―――気になって眠れなかった?」
「!」
俺の言葉を聞くや否や巽は前を向いたまま目を瞠り、ぴたりと足を止めた。ぎこちなくこちらへと顔を向け、おもむろに厭そうな表情を浮かべる。
「…判っててやってたんスか?」
「眠れなかったんだ?」
に、と笑みを浮かべた貌で、問いを問いで返す。見る間に赤くなってく目許が面白い、なんて言ったら余計怒らせるから、黙って見ているだけにする。
「―――ンなこと、ないけど…! …ああ、ったく、あんたって人は…!」
握った拳を苛立ち紛れにぶんと横へ振りながら言葉を発し、そして途中で言葉を無くした巽は、はああ、と大きく溜息をついた。そのまま数秒、固まっていたかと思うとやにわに顔を上げ、階段を一段飛ばしで勢いよく上り始めてしまう。
「あ、おい、ちょっと、待てって!」
「知らねェ! さっさと屋上行くっスよ!」
やり過ぎたかな、と苦笑しつつ屈めていた身体を起こして、後を追った。
|