屋上へ出てみると、昼飯の時に座る所へと巽は先に歩いていってしまっていた。
早く追い付こう、と思いながらも扉を閉めてから足を止め、反対側へと目を向ける。ここで一度、辺りをぐるりと見廻すのが最近習慣になっていた。他に人が来ていないことを確かめてから、巽の方へと向かう。
どっかと腰を下ろしそっぽを向いている、その隣に腰を下ろす。弁当の入っている袋を互いの間に少し空けたスペースへと置いた。それでも巽はぴくりとも身体を動かさない。
未だ怒っているのか、それとも俺を半ば置いていくようにして先にここへ来てしまったから決まり悪くなっているのか。多分、後者なんだろうなと思う。だとすれば、巽の方からはこっちを向いてくれないだろう。
そもそも、俺が撒いた種だ。昨日の夜や今日の午前中はどうやら色々と考え込んでくれてたらしいし、ついさっきも楽しい反応見せて貰った。この辺りで俺から折れておかないと。そう思い、少し首を傾けるような仕草と共に話の口火を切った。
「炒飯に、豚の角煮と…野菜炒め」
俺の声に、僅かだけど巽がこちらを向いた。そのままじろりと睨まれる。普通の奴なら竦み上がってしまう程の眼力も、俺にとっては真逆の意味をもって見えるから本当に、どうしようもない奴だと頭の片隅で冷静に自己分析する。
さっきの反応といい、今の様子といい。…いつもいつもこんなだから、また見てみたいなとついついちょっかい出してしまう。これはどう考えても不可抗力だろう。でも、俺から折れると決めたからには、と、身体をもう少し傾けて不機嫌そうな顔を覗き込む。
「今度からちゃんと教えるし、好きな物また作ってくるから…昼飯喰おう?」
膝の上に肘をついて頭を支え、にっこりと笑いかける。それを見た巽は、なんとも言えない表情で僅かに身体を引いた。怒っているような、それでいて困っているような、複雑な貌。無視しようとしてし損ねた様な雰囲気に、もう一押し、と軽く身を乗り出す。
「―――そうだ、次は弁当の他にプリンも作ってくるよ。好きだったよな」
手を伸ばして頬に触れようとしたら、ついと顔を逸らされてしまった。まだ駄目か、と思った矢先、巽が不意に口を開いた。
「…大きいのがいいス」
その返しに、よし、と心の中で拳を握る。頬へ伸ばしていた手を引いて巽の膝へ置き、大きく頷いて見せた。
「ん、大きい奴な。…マグカップ辺り容れ物にして作ろうか」
ここで上手く掴まなきゃいけないのに、バケツプリン、とか言いたくなってる俺も大概だ。そんなこと言ったらまた機嫌を損ねかねない。軽く一呼吸置いてから言葉を続ける。
「そんなん、できるんスか」
「ああ、できるよ。大きいか小さいかくらいの違いだし。作るのは特に問題ない」
慎重に言葉を選んで答える。巽は俺をしばらくじっと見て、それからこくりと頷いた。
「したら、今回のはそれで手ェ打ちます。…先輩の料理、旨いから。楽しみ過ぎるンで次からちゃんと教えて欲しいっス」
「………うん、判った。次からちゃんと教える」
「…だから、なんでンなニヤけてるんだよ…あんたホントに判ってんスか…?!」
「や、判ってる、判ってるって」
だって『先輩の料理が楽しみ過ぎる』なんて言われたら嬉し過ぎるだろ普通。でも今は何を言っても悪い方向にしか行かなさそうだから、手の平を横に振って精一杯否定する。
「まったく…判ってんならいいっスけど」
どうにも疑わしいなと言わんばかりの様子で巽が深く溜息をついた。上目遣いでじろりと睨むような目を向けられる。それを受け止めにっこり笑って返すと、巽はもう一度溜息をついてからぐいと身体を起こした。己が両膝をがっしりと掴むようにして手を置き、こちらを向いて座り直す。
「夕べから考え過ぎて腹空き過ぎてるンで、目一杯喰いますよ」
「ああ、残さず食べてくれよ」
「うっス」
少しぶっきらぼうに返事をする姿を見ていたら、自然と笑みが零れた。それが見られるとまた面倒なことになるから、弁当の袋を開くふりをして下を向く。
「こっちが炒飯で、これが角煮」
「うお、いつも凄ェけど今日のも凄ェ!」
袋から取り出した容器のフタを開けて並べていくと、すぐ隣から歓声が上がった。嬉しそうに顔を輝かせる巽へ箸を渡し、両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます、―――っしゃ、喰うぞー!」
「飯は逃げないから、ゆっくり喰えよ」
箸を手にどれから食べようかと迷っている横顔に目を細め、自分の箸を手に取る。
そうして、少し遅くなったけれど、二人きりの昼飯が始まった。
つづく
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