土曜日。サッカー部の練習を終えた後、俺は、長瀬と一条と三人で、久しぶりにサッカーボールの手入れをしていた。
「いつもありがとな、一条」
「何言ってンだよ。今更じゃん」
あはは、と快活に笑う一条の表情に笑みを誘われる。いくら昔馴染みで仲の良い同級の友だちだといっても、自分の部活終わってから後片付け手伝いに来てくれるなんて、なかなか無い。
「一条、これ頼む」
「ん、―――っと、オッケー」
かけた声に反応したのを見てからボールを投げて渡す。片手を伸ばして器用に受け止めるところはさすがバスケ部、といったところか。
俺がボールの表面や縫い目にブラシをかけて砂をしっかり落とした後、一条が目立つ汚れを濡れた布でよく拭いて、最後に長瀬がボールの空気を抜く。そんな流れ作業でボールを手入れをしながらしゃべるのはいつも、他愛ない世間話ばかりだ。
「それで俺、帰りながら食おうと思って豚まん買ったんだけど、いざ食べてみたら海鮮まんでさー」
「それかなりへこむな」
「だろ? でも早く帰らないとだったから仕方なくそのまま食べたけど。―――俺、あの店でもう二度と中華まん買わねーって決めた」
ぐ、と握り拳を作って力説する一条に、俺と長瀬は同時に笑い声を上げた。
「分かる分かる。まーでも海鮮まんでまだ良かったんじゃないか? 豚まん期待してて食ったらあんまんだった、なんてよりはさぁ」
「うえ、それ最悪だー」
こんな風に話しながら三人でやる手入れは案外楽しい。そして話しながらやっているだけに、結構あっというまに終わる。
「よし、これで最後だ」
「今日も結構早く終わったな」
「じゃあ着替えて帰ろうぜ。俺一度部室戻るし、校門集合で」
「おー」
手入れを終えたボールを三人がかりで倉庫へしまい、入り口の扉へ鍵をかけてから、それぞれの部室へと向かった。
サッカー部の部室へ戻ってみると、先に引き上げていった部員はやっぱり一人残らず帰ってしまっていた。あいつらもどうにかしないとサッカー部自体がヤバいな。そんなことを考えながら、汗にまみれた身体の手入れを始めた。
「なー、長瀬。来週の練習だけどさ」
「うん?」
濡らしたタオルで全身の汗を拭い、アンダーを着替えながら長瀬に話しかけた。次の言葉を言おうとすると、どこからともなく『ぐううぅぅるる…ぐるぎゅー…』という聞き覚えのある音が聞こえて来た。肩越しに振り返り、同じく服を着替えている長瀬を見遣る。
「長瀬」
「だから何だよ」
「…今の、お前の腹が鳴ったのか?」
「ああ。結構身体動かしたしな。腹減った」
俺の問いにあっさり答えた長瀬は、ふう、と浅いため息をつきながら自分の腹を見下ろしてさすった。女子はもちろん、男だって自分の腹が鳴ったのを誰かに聞かれるのは結構恥ずかしいと思うヤツの方が多いだろう。それなのに、この長瀬のあっけらかんとした様子はどうだろう。もういっそ清々しいくらいだ。さすが長瀬というか、なんというか。
思わず小さく吹き出し、羽織ったシャツのボタンを止めながら、長瀬に提案する。
「―――じゃあ、帰りに愛家でも寄るか。俺も腹減ったし」
「いいな。一条も誘おう」
「そうだね、そうしよう」
大勢で食べる飯はひとりで食べるより何倍も旨い。着替えを終え、今日は何を食べようかと考えながら持って帰る荷物をまとめていると、教室に忘れ物をしたことに気がついた。
「悪い、長瀬。教室にプリント忘れてきた。取りに行ってくるから先に校門行って一条と待っててくれ」
「おう、じゃあまた後でな」
バッグを肩から提げて一緒に部室を出る。鍵は閉めとくから早く行け、と言ってくれた長瀬とその場で一旦別れて、教室へと急いだ。
つづく
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