或る晩秋の風景




 襖を閉め切り、腕に抱く身体を夜具の上へそっと下ろす。離れる腕を矢張り不安気に見上げてくる姿へ手を伸ばし、柔らかく頭を撫でてやる。漸く安心した様に小さく笑む要に笑みを返して立ち上がると、部屋の隅に置かれた卓の上の洋燈に火を灯し、寝具の傍に置いた火鉢の炭の燃え具合を確かめて戻る。座るや否やで伸ばされる腕を受け止めて引き寄せ、過日より大分細くなった身体を抱き締めた。
「寒くないですか」
 片手で上掛けを剥いで足回りにだけ掛け、腕の中の人に声を掛ける。向けた問いには応えず膝の上で向きを変えたり座り直したりしていた要が、漸く落ち着いたのか身動ぎを止めると幹彦の両腕を抱えて小さく笑み、己が肩口にある貌を見上げて頬を摺り寄せた。
「……あったか、い」
 埋まる事が出来るなら其の侭胸の中へと埋まって行きそうな様子で身体を寄せ乍らの言葉に、ふと笑みが零れる。己が意識の外で知らず零れる笑みと、直後胸の内に溢れる温もり。矢張り彼が相手でなければならぬ事を再認識し乍ら、切れ長の目許を柔らかく緩めて微笑み、長くなった髪を梳く。
「明日、天気が良かったら髪を切りましょう」
 恐らく意味は届いていないのだろう、それでも要は嬉し気な笑みを湛えた侭、幹彦の声に大きく頷きを返した。身体の奥から湧く感情を些か持て余しつつ、要の肩を抱き取ると夜具へ静かに横たえ、その隣に己の身体を落として上掛けを引き上げる。
 腕の中に収まった格好の侭見上げてくる目許に唇で触れ頬を辿り、暫し視線を交し合った後、深く胸許に抱き締める。
「……おやすみなさい、要君」
 囁く様に言い目を閉じる。真っ暗だと要が怖がるから、油が無くなる迄洋燈の火は灯した侭。



 眠りにつく態勢にはついたものの、数分すると要は幹彦の腕の中でまた身動ぎ始める。目を開きどうかしたのかと観察する風に見下ろしていた所、両手で着物を握り締め額を摺り寄せて、結果軽く肌蹴た幹彦の胸許へ口付ける様子に目を見開く。そうして貌を見上げてくると少し拗ねた風な表情を見せて、伸ばした腕を肩へ廻すと更に身体を寄せられた。
 意図する所が判らぬ程鈍くも無い。寧ろ、先刻その衝動を気の所為にして遣り過ごそうとしただけに、微かに残っていた熱が逆に膨れ上がっていく。
 僅かに覗く鎖骨へと唇を寄せられた所で、幹彦は己の内に湧く衝動に抗う事を止めた。
「悪戯はいけませんよ」
 声音から咎められたと思ったのか、唇で触れていた鎖骨から貌を上げた要がまた、拗ねた風な面持ちで上目勝ちに見上げてくる。表情に目を細めて笑むと、背を丸めて貌を寄せ、額に口付けを落とす。
「寝かせませんからね、……覚悟なさい」
 何処か楽しげな響きが混じる声音で、低く耳許に囁く。腕に抱いた身体に走る震えを心地良く感じ乍ら、囁き付けた耳許に口付ける。
「……ぁ…」
 肘を身体の下へずらし上肢を半ば起こした格好で覆い被さり、耳朶の裏へ触れると小さな声が漏れ聞こえた。其の侭唇を滑らせて耳裏の生え際を辿り、舌先をやわりと押し付けて肌を吸う。先刻よりもはっきりと返る震えに、身体の奥の熱が僅かに増した。
 耳の上部へと辿りあがると縁を浅く咥え、舌と上唇で挟み込む。体温と滑る感触が強く伝わる様に酷くゆっくりとした動きで表面を擦り、再度咥え直すと内側へ舌先を滑らせてくるりとなぞった。ひくりと戦慄く肩を撫で下ろし、胸許を手の平で探る。暫くすると手の平へ僅かにしこった感触が伝わる。微かに濡れた音を立てて唇を離し、貌を上げ仄かに色付く目許を覗き込むと、幾分か恥ずかしげな様子で要は視線を伏せようとした。
 その所作に目を細め、胸許を柔らかく撫でていた手の平を上げて指先を頤へとかけ、貌を上向かせる。視線を合わせた侭ゆっくりと唇を重ね、舌先で唇の隙間をなぞってから、笑みを向ける。
「私の方を、確り見て」
 言い含める風な言葉に、理解出来たのか小さな頷きが返されて、幹彦の笑みが深まる。良い子ですね、と呟く様に囁き乍ら頬へ口付け、改めて胸許へ手の平を伸ばす。
 身体の奥の熱が希求する侭に互いの熱を高めて行く。かつては知る由も無かった己の慾と同じ物を、それが向かう先に居る要からも向けられて、言い様の無い高揚感に包まれる。
 此れが幸福という物だと気付いたのは何時だっただろう。かつては揺らぐ事すら無かった己が思考を霞ませる熱が、次第に身体と精神を満たしていく。この現実が存在し得た事に頭の何処かで感嘆すら覚え乍ら、仄暗い夜の中、幹彦は要と共に快楽の闇へと溶けていった。

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