DARK BLOOD 〜 2 〜 |
清一色×八戒 |
細い目、薄く嗤う唇には点棒。ふざけているとしか思えない、確かに見覚えのある貌 が、目の前で揺れていた。瞳孔が収縮し目が更に大きく開かれる。 「ああ、覚えていてくださったようですねぇ……嬉しいですよ、猪悟能」 呼ばれた名前に、これ以上は無い、というくらいに目を見開く。 八戒の以前の名を知っている……それは、つまり。 「貴方……いったい…」 「何者か、って?」 くすくすと、身動きの取れない八戒を見下ろして微笑う。頬の直ぐ近くに、彼の手が現 れる。手首から先だけ。腕は、闇に包まれたまま、見えない。 「城でのコト、忘れてしまったんですか?」 悲しいですねぇ、と、たいして悲しくもなさそうな口調で続ける。伸ばされた人差し指 が、つ、と頬を撫でた。身動きが取れない状況にある以上、生殺与奪は相手の手に委 ねられていることになる。幾ら縛を逃れようと足掻いても、実行できなければ意味が無 い。 ワタシ 「我は、こんなに貴方のコトを想っていますのに」 ひゅっ、と何かが風を切る。 「っっ!」 闇の中から不意になにかが飛んできて、頬を掠めていく。ぴり、とした痛みと焼けるよ うな熱に、肌を切り裂かれたことを知る。ずきずきと脈をうつその箇所を、爪の長い彼の 指がなぞる。紅に染まった指先が薄笑いを浮かべる口元に近付き、覗く舌が血に染ま る。心底嬉しそうな笑みに、煤竹の眉がきつく顰められた。 「綺麗な色ですねェ……あの日、無数の妖怪の返り血を浴びた貴方も、それはそれは 素敵でしたけれど」 「!………どう…し、て……」 どうして、知っている。ひとり残らず屠った筈なのに。動揺を瞳の奥に押し込めようとす る八戒の目の前に、彼の貌が近付く。首のほうへ伝い落ちた血を下から上へと掬いあ げる感触に虫酸がはしる。突然傷口に爪を立てられ深く抉られて、酷い痛みに襲われ る。低く呻き、ぎり、と唇を噛み締めた。また、生暖かい血が頬を伝い首筋へと落ちてい く感触がする。 ついっと顔が更に近付き、血を直接舌で舐め取っていく。時折舌先で傷を抉りなが ら、ぴちゃぴちゃと舌を這わされる。傷口に直に触れられる感触に、びくびくと身体が反 応した。 「覚えていませんか?……貴方に千人目の血を贈った、妖怪のコト」 どくん、と身体中の血が逆流する。動けない身体から怒気が流れ出して一色を取り囲 む。様子を見守る細い目が、一瞬嬉しそうに薄く開いた。 |