昼下がりの聖地。
部屋の主の性格をよく映した簡素かつ機能的な椅子に座り、同じく機能的で飾り気に乏しい机に向かい、目の前に詰まれたファイルの山を見て、この部屋の主は唸った。
「…んだよこれは。」
「見れば判るだろう。お前が今日処理しなきゃならんファイルだ。」
「それがなんでこんなにあるんだっつってんだよ…っ!」
「お前がずーっとサボってた所為だろうが。」
厭味な笑みを浮かべて数歩、硬い靴の音が、剥き出しの床に響く。自業自得だな、と続けられる言葉に、深く深くため息をついて、大きな椅子の背凭れにぎしりと身体を預けた。面倒臭そうな面持ちで書類の山を睨む横顔へ、見ていても減らんぞ、と追い討ちをかける声。反射的に投げ返される睨むに似たきつい視線。
「これくらいどーってこたぁねぇ。見てろよ」
語気荒く告げペンをとると、ファイルを1冊手にとって猛然とページを繰り始める。その様子に小さく息をついて、紅い髪の男―――オスカーは、漸く、僅かばかりではあるが表情を緩めた。
思いがけず小鳥がよく舞い降りてくるテラスの、程近い場所に置いてある机へ歩を進め、其処に陣取ったオスカーは、腰に帯びていた愛刀を目の前に据え、携帯している剣の手入れ具を取り出した。鞘からすらりと刀身を引き出して眼前に翳す、その向こうに、書類をまるで睨みつけるが如き形相で片付けていく銀糸―――ゼフェルの姿が見えた。
日頃からさして熱心に執務に励む方ではなかったとはいえ、課せられた事柄については普通にこなしていたゼフェルが、ここ数日は執務もそこそこに、大分早い時刻に私邸へ帰ってしまっていたために、いつもならば直ぐに首座へ上がる書類がゼフェルのところで滞っていた。諫め役は地の守護聖ルヴァに任せられることが多かったが、数日前から或る星系の調査で不在なため、首座の右腕とも囁かれる炎の守護聖オスカーが代わりを仰せつかった、という訳である。
テラスに舞い降りた小鳥達は至極人懐こく、剣の切っ先をじっと見据えるオスカーの足元近くまで入り込んできて、何かをせがむ風に囀りを残してはテラスへと帰っていく。つい気が逸れて笑みを敷きそうになる口許を堪え乍ら、ふとゼフェルを見遣ると、片付いたと思しき書類の束が目に見えて増えていた。幾分苦笑気味にその姿を見遣り、また剣の手入れに戻る。
口を開く者の居ない部屋に、紙の上を走るペンの音と、柄を返す際の微かな金属音と、小鳥の小さな囀りが、静かに満ちていた。
オスカーが部屋を訪れて数刻。
「……終ったぜ。」
相変わらずの不機嫌そうな声に、薄色の視線が上がる。深い溜息と供に椅子の背凭れに身体を預ける様子を視界の隅に留め乍ら、手入れ具を片付け剣を鞘へ収め腰を上げる。手慣れた手付きで帯刀すると、ぱたぱたと飛び立つ小鳥の羽音を背にして歩み寄り、積まれたファイルをひとつ手に取って中身を確認する。1冊目、2冊目、と手に取って行き、3冊目に目を通したところで、ふ、とオスカーの口許に笑みが浮かんだ。
「御苦労だったな。十分だ。……日頃からこの調子でやってくれると、俺もわざわざ此処まで来る手間が省けて助かるんだがな。」
「別にアンタの為にやってる訳じゃねぇ」
紅い瞳がゆらりと動いて、視線だけがオスカーへ向けられる。険のあるそれをものともせずに受け止めて、なお含みのある笑みを浮かべると、ファイルを手許へ引き寄せた。視界の端に、机を気難し気にこつこつと叩く姿が映る。
「そういえば出掛けてから大分経つか。帰還されたら私邸を訪ねたいと、宜しく言っておいてくれ。」
ファイルを纏めて持ち上げるとほぼ同時に、がたんと大きな音を立ててゼフェルが立ち上がる。つかつかと扉へ向かい、取っ手に手をかけ荒く引きながら顔だけでオスカーを振り返る。
「てめーの話なんか誰がするかよ。馬鹿言ってンじゃねェ…!」
低く叩きつける様に言い放たれる声、派手な音と供に閉じられた扉の向こう側からは、オスカーの楽しそうな笑い声が響いていた。
|