笑顔



「なー、ルヴァ。これって、どーいうこと?」
 書庫の中の地の守護聖に向けて、少年にしては少しだけ低めの声が響く。なんですか〜?とのんびりした声とともにゆっくりとした動作で書庫からでてきたルヴァの目の前に居たのは、勉強会を言いつけられてしぶしぶこの舘にやってきた、銀髪紅眼の少年。

「え〜、どれですかね?」
「んん、これこれ。ここんとこ。」
 目の前に広げられたテキストの一部分を指で示す。ええと、どこですかね〜?とやはりのんびりと返す彼に、さらにとんとんとある箇所を突ついた。
 ひょい、と覗き込んだルヴァの頬が自分の顔の真横にきたとき、まじめそうに澄ましていた頬を歪めにやっと笑って、その顔を自分の方に引き寄せる。
「ルヴァ……」
「え……ゼ…フェル……っあ、あああ、っ!」
 突然頬に口付けられて、そういう事にまだあまり免疫のないルヴァは、顔を真っ赤にして固まってしまう。ゼフェルはくす、と笑い、そんな彼をみた。

「……ま…また、からかいましたね〜」
 恨めしそうにでも明らかに照れながらそう言うルヴァに、ゼフェルはしれっと口を開く。
「だって、こんなんつまんねーよ。……オレ、けっこー頭良いんだぜ?」
 ぽい、と放り出されたテキストを手に取りページを捲ると、書き残しは全く無くて。更に全て正解であることに、流石の地の守護聖も舌を巻く。
「あ〜、やはり理数系の問題は、得意なようですねぇ……」
 得意げに胸を張る銀糸にちょっと溜息をつきながら、微笑った。
「毎日ちゃんと来て勉強したら、なんかくれるっつってたよな?……なに、くれるんだ?」
「……ええと……なにがいいですかね〜」

 首をひねるルヴァを、椅子に座ったままのゼフェルが見上げる。ちょいちょい、と呼ばれるまま、なんとはなしに首を近づけていく。不意に、ぐい、と引き寄せられて、今度は唇に口付けられてしまう。
「………っっ!…ま…た、あなたは……っ」
「なあ、ルヴァじゃ駄目か?」
「……え…っ?」
 先刻よりも真っ赤になって、ルヴァが口を開こうとしたその瞬間、ゼフェルが口を開く。
「なあ、オレ、ルヴァがいい。ルヴァが欲しい。」
「……っっ……っ……っ…」
 旬のさくらんぼよりも紅くなってしまったルヴァは、ぱくぱくと丘にあげられた魚のように口を動かしてゼフェルを見ていた。



 ゼフェルに思いを打ち明けられたのは、そう遠い昔のことではなかった。その想いを受け容れ、ようやくの想いで身体を重ねたのだって、まだ数える程度しかない。
 最初は猫のようにまるまって寄り添い眠るだけだった。それが次第に抱き締められるようになり、御休みのキスの回数が増え、ぬくもりを確かめ合うようになっていった。そして「ルヴァが欲しい」と半ばせがむようにして求められるようになり。最近では、どこで覚えてくるのか、恥ずかしくて泣いてしまいそうになるほどのことまでされてしまう。
 それでも彼の手を離せない。それは、どうしてなんだろう。



「………っい、まは……だめ、ですよ……っ?」
「じゃ、今晩、な? 約束したぞ??」
 頭から湯気を出しそうになりながら肯くと、華が咲いたように満面の笑みを浮かべたゼフェルがあらわれる。



 その瞬間に、ルヴァは想う。
 この笑顔が見たいから、この笑顔に守られているから……守りたいと心から想うから、ゼフェルと一緒に居たいのだ、と。



「どうかしたのか?ルヴァ……」
 自分の顔を正面から覗き込んできていたゼフェルの紅い瞳に、ルヴァはどきどきしてしまう。え、と思うまもなく、彼の腕が自分の首にまわされて、再度自分を引き寄せた。
 ふわ、と柔らかい感触が自分の唇に押し当てられるのを、ひとしきり人事のように見ていた。抵抗が無いのをいいことに、どんどん奥へと入り込んでくるゼフェルの舌にようやくそれを気付かされて、思わず抵抗を試みる。

 時既に遅し。どんどん自分を探り出すゼフェルに、抗えなくなってしまう。ようやく唇を外されくたりと寄りかかってくるルヴァを、案外楽々と受け止めるゼフェルに、少なからず驚かされる。
「あんまりいろいろ考えるなよな。……おめーって、いっつもひとりでいろいろ抱え込んじまうんだから。」
 ぱんぱん、と背中を軽く叩かれて、なにかがすうっと軽くなっていくのがわかった。ぎゅ、と彼を抱きしめかえすと、ちょっと戸惑った感じが伝わってきて、何故だかくすりと微笑ってしまった。



『ありがとうございます、ゼフェル……』



 心の中でそう呟くと、戸惑いに解けた腕の中からゆっくりと立ち上がる。
「あ〜、それじゃあお茶にでもしましょうかね〜」
「……あ、おいちょっと待てよ、ルヴァっ! 」
 急に腕の中から離れていく彼に不満げな声を上げるゼフェル。くすくすと笑いながら、ゼフェルは何が良いですか? と聞く。
「〜〜〜っ………っオレは!…っ…甘くねーやつっ」
「はい、わかりましたよ〜」
 ポットを取りに部屋を出ようとするルヴァの後ろから、今晩覚えてろよ〜、というゼフェルの声が聞こえてくる。

 ついつい紅くなってしまう自分の頬を手の平で冷ましながら茶器に手を伸ばす。早く戻って紅い瞳の彼においしいお茶をいれてあげよう、とルヴァは幸せな気分に浸っていた。




Fin



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