2000.02.14
きっと甘やかな夜
〜 2 〜
天斗





 鈍く光る銀色の箱。結局、それを入れる箱は作らなかった。ころころと手の平で玩びながら、夜道を急ぐ。淡い月の光を反射して時折鈍く光るそれを見ながらでも淀みなく歩いていけるほどに、通い慣れた道。見えてきた舘の黒い影に、頬が緩んでしまう。



 かんかん、とドアについた金具を鳴らすと、程なく鍵の開く音がした。
「いらっしゃい、ゼフェル。待っていましたよ〜」
 嬉しげに弾んだ声とにこやかな表情。頬を掠めてふわりと揺れる白い布に目を細める。
「おう」
 愛想の無い返事は何時もの事。どうしても貌は緩んでしまう。促されるまま扉を通り部屋へと入る。テーブルを見ると既に紅茶が湯気をたてていた。訪れる時間に合わせて、いつも丁度好い時間に用意をしていてくれる。些細なことだけれど、なんだかそれがくすぐったくて、密やかにゼフェルは微笑った。
「あ〜、ゼフェル、ちょっといいですか?」
 ふたりで逢うときの御茶請けとして定着しつつある辛い煎餅の乗ったトレイを手に、ルヴァが紅い瞳を覗き込む。照れたように笑っている貌を見られたかと焦るゼフェルの目の前で、トレイをテーブルに置きくるりと振り返る。



 すっと差し出された手の上には、光の加減できらきらと光る碧の包装紙で包まれた、小さな箱が乗っていた。少し驚いたような貌でその箱とルヴァを見比べるゼフェルに、もう一度ルヴァが微笑いかける。
「……貴方に」
 つい、と更にゼフェルへと差し出される。照れているのか怒っているのか直ぐには判別できないような複雑な表情で、ゼフェルは片手を箱へと伸ばした。掠めた指が碧のリボンを弾き、微かに空気が揺れる。そうっと持ち上げて胸の辺りに引き寄せた。
「その、あんまり……出来はよくないかもしれないですけれど」
「ん」
「でも、あの、一生懸命作ったんですよ〜」
「あんま器用じゃねーのにな」
 その一言にきょとんとルヴァの動きが止まる。手の中の箱に意識が囚われていてゼフェルはそれに気が付かない。緑の袖を揺らして、ルヴァがゼフェルへと手を伸ばした。



 こつん。



 突然額を突付かれて、吃驚したような貌のゼフェルが顔を上げる。
「そんなふうに、言うものではないでしょう」
「や、その、あんま嬉しくてびっくりしちまって……」
 薄い唇から放たれたどこか咎める口調にも気付かず、きょとんとした表情でつい素直に本音を口にしてしまう。それを見たルヴァは、苦い表情を一瞬で崩れさせてくしゃりと微笑った。ころころと、喉で笑みを転がすような、嬉しそうな微笑み。
「……なんだよ。ンなに笑うことないじゃんか」
 途端にぷぅっと膨れる表情もなんだか歳相応で愛しくて。つい、いつもならしないようなことをしてしまう。
「な!……っな、にしてんだよ…っっ」
 少し背の高いルヴァが覆い被さるようにゼフェルを抱き締める。くすくすと笑いながら頬を摺り寄せてくる彼に、肩を竦めて溜息をついた。
「んだよ…ばかやろー」
 頬が赤みを帯びて見える。ごつ、と照れ隠しに額をぶつけてみる。いたいです〜、と言うその声も、やはりまだ笑っていて。下ろしたままのゼフェルの腕がすうっと上がり、ルヴァの頭に手の平が添えられた。
「笑うの止めろって」
 抱きつく腕を無視して、肩口に埋められていた頭をターバンごとぐい、と引き離す。いきなりの行動に目を少し見開くルヴァの頤を掴むと、唇を深く重ね合わせた。



 片手を項に伸ばして更に引き寄せ、顔を傾けてぴったりと唇を合わせる。驚いて僅かに抵抗していたルヴァの身体から、力が抜ける。先刻まで肩を抱きこんでいた両腕が解かれ、下に落ちてゼフェルの背に廻された。紅の瞳が薄っすらと開き、頭を掴んでいた手が腰へと伸びる。ふっと離れた唇の隙間から濡れた音が一瞬漏れ聞こえ、かと思うとまたふわりと重なっていく。








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