2000.02.14
きっと甘やかな夜
〜 3 〜
天斗





 だんだんルヴァの脚から力が抜けていってしまう。腰に廻した手で身体を支えながら手近の椅子に座らせて、ようやく唇を解放した。
「貴方は、どうして……」
 小さい声で呟く蒼の髪に唇を寄せて、ゼフェルが何事か呟く。途端に顔を紅くするルヴァを見ながら、今度はゼフェルが笑みを零した。
「オレに勝とうなんて1万年はえーんだよっ」
「そんなこと、思ってません」
 真っ赤な顔のまま、困ったような微笑み。その貌に手を伸ばして前髪を掻き揚げ、白い額にひとつ口付けた。
 互いに顔を見合わせて、くすり、と笑う。



 ルヴァの頭を肩口から剥ぎ取ったときにテーブルに置いた箱を掴み、青鈍の目の前に差し出す。延べられた手の上に箱を置き、とさりと隣の椅子に腰掛けた。
「それやる」
 不思議そうに顔を傾げるルヴァから視線を外して、頬杖をつく。
「試しに作ってみたら、けっこー上手くできたから……ルヴァにやる」
「………これ、絡繰箱ですねぇ」
 よくできていますね〜、と嬉しそうに微笑いながら、手の中のそれを傾けたりひっくり返したりしながら弄り始める。先の台詞に幾分満足そうな表情で、ああでもないこうでもない、と開き方を模索し始めたルヴァを見詰めた。
「なかなかわからないです……本当に、凄いですねぇ」
「あたりめーだろ?オレを誰だと思ってるんだよ」
 賛辞に気分よく喋るゼフェルの目の前で、ルヴァが、あ、と小さく声をあげた。つられるように、紅の視線がルヴァに注がれる。その目の前で、白く長いルヴァの指が、ゼフェルの自信作の表面をついっとなぞった。箱が反射する鈍い光に照らされた細面が、にっこりと微笑う。
「ああ〜、わかりましたよ!ここから開いていくんですね?」
 器用そうには見えない指使いで、かちゃかちゃと箱を変形させていく。それを目の当たりにして、ゼフェルの表情が固まった。凝視する紅の先で、突き出てきたレバーのようなものをくいっと捻る。



 かちり。



 小さい音と共に、銀色の箱がかぱりと開いた。紅の瞳が更に大きく見開かれる。中から出てきた浅縹の包み紙を手に取って、ルヴァが嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「ゼフェル、開きましたよ〜」
 箱を受け取り蓋を開けるまで、所要時間約5分。
「3時間、かかったってのに……」
 あっさりと開けられてしまった箱を目の前に、呆然とした表情で思わずぽつりとゼフェルが呟いた。かさかさと包みを開いたルヴァの笑みが、更に深くなる。
「これ、手作りですか?……美味しいですね」
 ひとつ頬張るとにこりと笑う。こくりとなんとか頷いて肯定を示すゼフェルの表情は、まだ固まったまま。チョコを飲み込んだルヴァの顔が不思議そうに揺れる。どうしたんですか?と声をかけようとした瞬間。



「……ルヴァの莫迦ヤロー!」
 がたんと椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、扉へと駆け出していく。状況が飲み込めず慌てたルヴァは、手に持っていた箱をテーブルに置いて後を追う。
「ちょっ……ど、どうかしたんですか?ゼフェル〜っっ」
 ぱたぱたと遠ざかる足音。人気のない部屋の中で、ゼフェルの髪によく似た銀色の箱が鈍く光を反射していた。



 取り敢えずは少しだけ苦い顛末。
 けれど、夜にはきっと、甘い睦言が交わされる。



 ふたりだけの、夜。










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