隣に在る温もり
ルヴァ様生誕記念〜〜vv





 前の晩、早々に寝てしまったルヴァは、案の定朝早く目が覚めた。
 ベッドの上に起き上がり目を擦る。直ぐ隣には銀の髪。ルヴァとは反対に、遅くまで作業室に篭っていたゼフェルはまだ夢の中に居た。ふわりと笑みを浮かべると、椅子にかけてあった肩掛けを手に取ってベッドを抜けだす。
 夜着からゆったりした室内着に着替えると、ゼフェルを起こしてしまわないように小さく呼び鈴を鳴らし、軽い朝食の準備を厨房に頼んだ。
「取り敢えずミルクだけ戴けますか」
 かしこまりました、と下がる侍従を見送って、ベッドの傍の椅子に腰掛ける。



 初めて逢った時から既に数年の月日が過ぎ、見下ろしていた筈の視線は、何時の間にか、見上げなければ目線が合わせられないようになっていた。
 それでも何処かあどけなさが漂う寝顔を見詰めながら、ほうっと息をつく。
「……失礼いたします」
「あ〜、済みませんねぇ。此処にお願いします」
 届けられたグラスを口元に運び、程好く冷えたミルクをひとくち口に含んだ。僅かに目を細めて喉を通り過ぎる冷たさを味わうと、ことりとサイドテーブルにグラスを置く。
 まだ、ゼフェルが目覚める気配はない。
 栞が挟んだまま置いてあった本を手に取ると、以前読みかけた続きを追い始める。ぱら、ぱら、と頁を繰る音が微かに響く。そうしている間にも時折視線を銀の髪へと向け、寝顔を確かめる。その度に零れる微笑み。



 倖せで穏やかな、朝の風景。



「……ん…」
 ごそ、とゼフェルが身動ぎをする。おや、というように顔を上げて視線を向ける。上体を僅かに起き上がらせ焦点のあっていないような瞳で一頻りベッドの上を見回すと、ようやく紅い瞳がベッドサイドの椅子に座るルヴァを見つけた。
「あれ……ルヴァ」
「はい?」
 ごしごしと目を擦りながらまたごろりとシーツの上に寝転がる。くすりと微笑うルヴァへもう一度視線を流しながら、ゼフェルが手招きをした。
「…どうかしましたか?」
「いーから…ちょっと」
 更に手招きをするゼフェルにつられる様にして、ルヴァがベッドに近付く。直ぐ近くに蒼の髪を見止めて、手招きをしていた手がぱたりとシーツの上に落ちた。首を傾げるルヴァへ、不意にゼフェルの腕が伸びる。
「あ、あああっ」
 肩を強く抱き寄せられて、ルヴァはベッドの中へと引き摺り込まれてしまった。ゼフェルの胸板の上に乗り上げる形になってしまい、どうにも居たたまれないらしくおろおろとうろたえる。
「ルヴァ……」
 名を呼びながらくるりと身体を入れ替えて、ゼフェルはルヴァをベッドの上に押し倒して覆い被さる。更に驚く暇もなく、降りかかる口付け。
「ん……っ…ょっと、あの……ゼ、フェ……っ」
 繰り返し繰り返し口付けられ、抵抗を奪われていく。



 暫くしてようやく口付けが止む。すっかり頬を紅くしたルヴァは、ベッドの上でくったりと力が抜けてしまっていた。
「…っふ…ぁ」
 ちゅ、と最後に頬へ口付けると、紅い瞳が青鈍を覗き込んだ。
「ルヴァ、誕生日……おめでとう」
「…え……?」
 思いがけない言葉を聞いて、つい逆に聞き返してしまう。
「今日、誕生日だろ?」
「ぁ……はい、そう…でした」
 返って来た気の抜けたような言葉にゼフェルは眉を顰める。
「なに……自分で自分の誕生日、忘れてたのかよ」
 ルヴァらしい、とばかりにゼフェルが笑う。もう一度『おめでとう』と耳元で囁かれて、ルヴァの頬が更に紅くなった。
「あの……ありがとうございます…」
 ゼフェルの両腕がルヴァをきつく抱き締める。



「っ……あ、あの、ゼフェル…?」
 首筋に走ったくすぐったさに、ルヴァが肩を竦める。原因は、ゼフェルがルヴァの白い首筋をぺろりと舐め上げた所為。
 戸惑うルヴァを尻目に、幾度も幾度も首筋に唇を落とし始める。
「あの、ゼフェル……もう朝ですよ?」
「いーじゃん、偶には」
 首筋を這い上がった唇が、頤を伝い頬へと辿り着く。もう一度唇に落とされた口付けの深さに、ルヴァは眩暈を起こしそうになった。広くなった肩を押し返そうとする腕を逆に掴んで、指と指とを絡ませる。両手をシーツの上に縫いつけながら、ゼフェルは薄いルヴァの瞼にも口付けた。
 合わせを留めている紐を口で解き、現れた肌に唇を寄せる。
「ちょ……っ、ゼフェル〜〜っっ」
 胸元に頬を摺り寄せ、それからルヴァの声に応えるように顔を上げる。
「……厭なら止める」
 静かに響く声音にルヴァの動きが止まった。
「ここんとこずっとほったらかしにしちまってたし、今日…ルヴァの誕生日だから」
 今までの分返さなきゃ、って思ったんだけど。大真面目にそんなことを言われてしまい、耳まで紅くしてしまう。
 ちゅ、ともう一度胸元を吸い上げられて、ひくりと肩が戦慄いた。
「なぁ……したくない…?」
 つきん、とルヴァの胸の奥が疼いた。それを追いかけるように、胸の飾りを啄ばまれて頤が震える。息をつきながらゼフェルを見下ろすと、丁度紅い尖りが唇に含まれるところだった。視覚と触覚で同時に愛撫され、熱い溜息が零れた。
 きゅっと立ち上がった突起を舌先で捏ねるように押し潰され、久方振りの甘い疼きに身体が支配されていく。
「ゼ…フェ、ル……っ」
 震える声に応じるように、ルヴァの手を抑えていたゼフェルの手が退いていく。自由になった腕を伸ばして、銀糸に指を絡めて首に抱きついた。
 もう片方の尖りを唇に含みながら、先刻まで舌で弄っていた尖りを指先で摘む。小さく声をあげながら、またルヴァの身体の奥で痺れが頭を持ち上げる。
「オレ、ルヴァとしたい……ルヴァのことも、好くしてやりたい…」
 胸を弄っていた手の平が、ゆっくりと脇腹を滑っていく。
「わ……たし、も…っ」
 下肢を弄り立ち上がり始めた慾に指を絡める。微かに零れたルヴァの甘い声に、ゼフェルの身体の奥にも確かな火が灯った。



 幾分柔らかい慾を手の平で柔らかく押し包むように撫でる。堪えきれず時折跳ねる腰にゼフェルの喉が鳴った。



 下肢に纏いつく布を総て剥ぎ取り、直接肌に触れる。息を思わず呑む程の快楽と愛おしさ。お互いの息遣いと肌の感覚が、お互いを追い上げていく。
 熱い昂ぶりに唇を寄せ、口付けて口一杯に頬張る。しなやかに反る肢体に痺れる悦が染み渡っていく。久しぶりに重ねた身体が受け取る快楽は、常ならぬ程に深く激しくて。



 深く繋がったふたりは、殆ど同時に、白く眩い光が弾け飛ぶのを知覚した。







◇   ◇   ◇








「ルヴァ……誕生日、おめでと」
 シーツに包まり午前中一杯ごろごろと惰眠を貪りながら、幾度もゼフェルが囁く。まるでなにかに今日のこの日を感謝でもしているかのように。
「ねぇ…ゼフェル。ずっと作業室に篭りっきりで、何をつくっていたんですか?」
 気になっていたことを、ふと訊ねてみる。ん〜、と意味不明の返事を返しながら、起き上がってなにやらごそごそとベッドサイドの戸棚を探っていたかと思うと、両手の平に乗るくらいの小さな箱を取り出してきた。
「これ……誕生日にやろうと思って、作ってた」
「…私に?」
 こくりと頷いた紅い瞳に、嬉しそうなルヴァの顔が映る。
 かさかさと包みを開けてみると、中になにかを入れられるようになっている小さな飾り箱が出てきた。箱の側面にはなにやら螺子のようなものが飛び出ていて。
「螺子、巻いて」
 言われるまま、きりきりと螺子を巻く。巻き終わると、蓋開けてみろよ、というゼフェルの言葉に首を傾げながら、かちりと箱の蓋を持ち上げた。
「ぁ……」
 微かに流れる澄んだ音色。ルヴァの為に誂えたオルゴール付きの小物入れ。
「こないださ、テーブルの上に置いといたルーペ、落として壊したって言ってたろ? ……だからさ」
 照れたように頭を掻くゼフェルを、少し潤んだような青鈍の瞳が見詰めた。
「ありがとうございます……大事にしますね…」
 大事そうにオルゴールを胸に抱えるルヴァを見ながら、ゼフェルも嬉しそうに微笑った。



 蓋を閉めてサイドテーブルにオルゴールを置くと、腕を引かれて背中からゼフェルに抱き締められてしまう。
 背中に感じる広い肩。ついこの間まで少年のようだったのに、いつの間に脱皮してしまったのか。鮮やかな変身に目を見張る思いがして、ふんわりとルヴァは微笑った。
「ずっと一緒に居ような」
「ええ……そうですね。ずっと一緒に……」
 いつまで守られるか判らない約束だけれども。
 ふたりの心の中ではきっと、いつまでも色褪せることなく生き続け守られるだろう約束。
 初めて手に入れた温もりを、確かめるように抱き締めあう。





 ささやかで、けれど一番難しいかもしれない願いを胸に抱きながら、











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