抱えきれない想いと願い ゼフェル様生誕記念〜〜vv |
彼から貰ったもの。 『泣きたくなるくらい暖かな笑顔』 『一歩前へ踏み出すことのできる勇気』 それから。 ………それから。 『抱えきれないくらいの―――愛』 心成しかうきうきとした表情を浮かべ、聖殿の長い廊下を歩く。大概は笑顔で居ることが多い地の守護聖だったが、いつにも増してにこやかな笑顔を振り撒きながらてくてくと歩いている。それを見つけた夢の守護聖が、意味ありげな笑みを浮かべて声をかけた。 「はぁ〜い☆ルヴァ、どうしたの?にっこにこしちゃってぇ〜」 「あ〜、オリヴィエ、こんにちは〜」 声の調子もいつもより幾分高めに聞こえる。目を細くしてルージュが綺麗にのった唇をきゅっと左右に引き、所謂『満面の笑顔』という奴でずいっと顔を近付けた。笑みはそのまま、けれど華やかな彼の含みのある表情に内心どきりとしながら、ルヴァは首を傾げてみせる。 「なにか好い事でもあったの?」 「いえ、別になにも〜」 「……本当?」 一歩も引かずぐいぐいと突っ込んでくるオリヴィエの顔が、更に近付いてくる。けぶる蒼の瞳の奥、焦るルヴァを目一杯からかってやろうという色が見え隠れしているのが判った。判ったけれどもそれを上手く凌ぐ術を持ち合わせておらず、ただただ内心の冷や汗が増していく。 兎に角なにか言わなくては、とルヴァが口を開こうとした、その時。 「化粧、剥がれてんぜ」 「…な……っっ」 ばっと両の頬を手の平で包み上体を起こしたオリヴィエのすぐ傍、いつの間にかゼフェルが立ちふたりの様子をじっと見ていた。 「ど、どっからわいたのアンタっ?しっつれいな事御言いでないよっ!」 「手の平で押さえたってコトはさぁ、多少は自覚あんのかよ?」 あんま若くねーからって厚塗りしてっと、大事な御肌が余計に荒れるんじゃねぇ?と、にいっと笑いながら暴言を吐くゼフェルに、お仕置きでもしてやろうと思ったのかオリヴィエが手を伸ばす。よく手入れのされた腕からするりと逃げ出すと、ぱたぱたと廊下の向こうへ走り出してしまった。 「お待ち!きっついお灸すえてやるからっ」 「オレだってそんなに暇じゃねーんだ。じゃーなっ!」 些か不穏なふたりのやりとりをはらはらと見ているルヴァの隣で、怒ったというより半ば呆れたような顔をしてオリヴィエは腕を組んだ。 廊下の遥か向こう、走っていたゼフェルが曲がり角でぴたりと立ち止まり、ふたりの方を振り返る。 「ルヴァ!これから3人で研究院行くから、わりーけど今日の授業休むぜっ」 またあとでな!とひとりで捲し立て、最後ににっこりと笑みを浮かべ楽しそうな笑い声と共に廊下の角へと姿を消した。 残された笑みに、細い青鈍の瞳が揺れて一瞬動きを止める。胸に手を当て大きく深呼吸をしてからようやくゼフェルの言葉の意味を呑み込み、あ〜、などと状況に似合わない声をあげてルヴァはがっくりと肩を落とした。 「また、逃げられてしまいました……」 「ふざけた御子様だね、まったくっ」 明らかに気落ちしたような表情のルヴァを横目で見下ろして、オリヴィエは気の抜けたような貌をして肩を竦める。 「ほんと、判り易過ぎるんだから…」 「……は?」 思わず漏らした言葉を振り払うようにばんばんとルヴァの肩を叩き、にっこりと微笑う。 「ルヴァも大変ねぇ、あんなやんちゃ坊主のお守り任されるなんて」 「いえ、そんなことはないですよ〜〜」 肩を叩いた腕をぐいっと伸ばして軽くヘッドロックする。吃驚して目を白黒させるルヴァの耳元に唇を寄せると、くすりと笑みを漏らす。 「ほんっと、ごちそうさま」 仲がよくって好いわよね〜、と盛大に肩を竦めながら、首に絡めていた腕を解いて何事もなかったかのようにすたすたと歩いていく。揶揄されたと判り貌を紅くして、けれど何も言えずただ見送るルヴァを振り返り、ひとつウインク。 「あんまり振り回され過ぎないよう、頑張ってねぇ〜」 ひらひらと手を振りながら歩いていくその貌に苦笑を浮かべ、オリヴィエは小さく溜息をついた。 「ほんっと、こっちのほうが気ぃ抜けちゃうわよねぇ」 あんなに幸せそうな笑顔しちゃってさぁ、とひとり呟くと、窓から見える青空へ視線を流してオリヴィエはまたひとつ溜息をついた。 「そ、そんなに嬉しそうに見えてましたかねぇ…」 かっくりと肩を落として、今来た道を引き返していく。午後からゼフェルの執務室で勉強会をする予定をしていたけれど、部屋の主が居ないのでは話にもならない。自分の執務室へと足を向け、ひとつ溜息をついた。 「あ、けれど『またあとで』と言っていましたし……」 3m前方の床をじいっと見詰めとことこと歩きながら、答えの出ない事柄をぐるぐると考える。 ひとつ角を曲がり、ふたつ部屋を通り過ぎて、ようやく自分の執務室へと辿り着いた。相変わらずの思案顔で扉を抜け、机の上に抱えていた本をとさりと置く。ほぼ同時にこっくりと頷き、困ったような微笑みを浮かべながら窓の外、研究院の方向へ視線を流した。 「考えていても仕方ないですねぇ……夕方にでも行ってみましょう」 幾分すっきりとした表情で、ルヴァは残っていた雑務に取り掛かった。 執務を終えて一旦私邸に帰ると、昨日から用意しておいたバスケットを手にルヴァは出かけた。行先はもちろん、鋼の守護聖の私邸。 通い慣れた扉の前でひとつ深呼吸をして、来意を告げる。ややして現れた執事に案内されるまま、見慣れた部屋へと入る。 「奥の作業室にて作業なさっておられると思いますので、そのままどうぞ」 深々と頭を下げて扉の向こうへ消えていく姿を見送り、奥の部屋へと脚を向ける。なかの様子を窺うけれど、なにかをしている気配もなにもない。困ったような貌で首を傾げながらそうっとノブを廻して顔だけ覗かせる。それ程広くない部屋のなかをぐるりと見渡したけれど目当ての姿は見つからない。 「おや……何処に…」 ふと、微かな吐息のようなものが聞こえた。じっと耳を澄ますと、なんだか寝息に似ているような気がした。静かに部屋へと身体を滑り込ませてそうっと扉を閉じ、きょろきょろと辺りを見回す。作業台を左から回り込み向こう側を覗き込む。 「あ……」 銀色の髪が静かに揺れる。しっかとドライバーを握り締めたまま、くぅくぅと眠るゼフェルが居た。その直ぐ脇には、組み立てかけた小さな機械。小さい歯車やら螺子やらが散乱している床を注視しながら傍まで近寄る。 起こしてしまわないようにそっとしゃがみこみ、少しだけ幼げに見える寝顔を見詰めた。 子供がむずかるように、小さく声を漏らしながら身動ぎ。くすりと微笑う視線の先で、ゼフェルの唇がゆるりと動く。 「…ル…ヴァ……」 寝言だろう、不意に名前を呼ばれて、どきりと鼓動が跳ね上がる。 「ルヴァ……好、き…だ…」 途端、かあぁぁっとルヴァの顔が紅くなった。 一体どんな夢を見ているのだろう。 夢のなかで、なにをしているのだろう。 直ぐ隣にぺたりと座り込み、口元と胸を押さえて深く深く息をつく。肺の中の空気が全部出てしまうのではないかと思うくらいに、ふかく、ふかく。 顔を紅くしたまま、そうっと指を伸ばす。震える指先でそっと銀糸に触れた。指を半分程髪に埋め、くしゃりと緩く掻き混ぜる。それでもゼフェルは目を覚まさなくて、ゆるゆると微笑みながらもう一度髪を撫でた。 穏やかな気持ちで彼のことを愛おしいと思えるようになったのは、いつのころからか。 澄んだ紅い瞳に幾度励まされ、ぶっきらぼうな言葉に幾度助けられただろう。 彼に貰ったものは、あまりにたくさんで、あまりに大きくて。 ふわりと瞬いた瞼に驚いて、髪へと伸ばしていた手を慌てて引っ込める。小さく唸りながら、ふわぁと大きな欠伸をして目をしばたかせる。ごし、と目を擦るとようやく、目の前にルヴァが座っていることにゼフェルは気が付いた。 「あれ…ルヴァ、どーしたんだ……?」 どこかまだ眠たげな声が零れる。 「あ、あのですね……これから、時間ありますか?」 きょとんとした顔でルヴァを見詰めるゼフェル。 紅くなっていた顔を更に紅くするルヴァ。 「ある、けど……どうしたんだよ」 差し伸べられた手に自分の手を乗せて、ルヴァはにっこりと微笑った。 「一緒に居ても、いいですか?」 ルヴァにしては珍しい言葉。今度は逆にゼフェルが顔を紅くする。言葉も無くこっくりと頷く銀糸に、ルヴァは嬉しそうにもう一度微笑った。 「あの、ゼフェル…?」 声を潜めたルヴァに、ゼフェルは自然身体を寄せて聞き耳をたてる。 内緒話をするかのように口元に手の平を添え、ゼフェルの耳元へ唇を寄せた。 そうっと、ルヴァが囁く。 「御誕生日、おめでとうございます」 出会ってから今までに貰った、沢山の大事なもの。 両腕に抱えきれないほど抱き締めて。 ただ胸の内でひたすらに祈る。 『また来年も、貴方と一緒に誕生日を祝えますように』 来年も、再来年も、その先もずっと。……ずっと、ふたり一緒に。 了 |