光舞う森での誓い
〜 3 〜






「……ついたぜ。ここだ」
 下草をざわめかせながら、ふわりと着地する。鬱蒼とした森が少しだけひらけていて、近くに小川が流れている、小さな広場。人の手が入っていないにもかかわらず、小奇麗に見えるそこを興味深そうに眺め回す。
「なにが…あるんですか〜?」
 バイクを樹の脇に止め、きょろきょろと当りを見るルヴァの手をきゅうっと握り締めた。空を見上げると一番星。まだ仄かに紅を差した西の空を振り返りゼフェルは小さく頷いた。
「もうちょっと待ってろよ」
 ルヴァの手を引いて、近くの樹の下に立つ。ゼフェルの横顔を見ながら首を傾げるが、なんだかその真剣な様子に口元を緩めて彼の紅い瞳が向けられている方向に視線を投げた。


 静かな森に、小川の微かなせせらぎが聞こえる。西の空もすっかり暗くなって、幾つもの星が瞬き始めた。星明かりはやはり仄かすぎて、隣りに立つ彼の表情すら読めない。ふ、と何気なくゼフェルに目をやると、ばちんと視線が絡んだ。なんだか気恥ずかしくてわたわたとしていると、ゼフェルの顔がすうっと近寄ってきてルヴァの頬にひとつ口付けを落していった。
「…すわろっか」
 すぐ隣りに置いてあったエアバイクの座席に、横向きにふたり並んで腰掛ける。腰にまわされたゼフェルの手の平が、なんだか熱いような気がした。
 何処からか聞こえてくる、澄んだ虫の音に耳を傾ける。高く低く、自分を主張するかのようなその音色は、どこかしら物悲しく聞こえた。


 ことり、とゼフェルの肩に頭を預け、あまり負担をかけないように寄りかかる。ルヴァがそうするといつも、『遠慮なく寄りかかれ』とでも言わんばかりにぐいっと彼の身体をゼフェルは抱き寄せた。空いていた右手に手を伸ばし、ルヴァは自分の胸へとそれを引き寄せて大事そうに抱く。
 引き寄せたゼフェルの手の甲に自分の手の平を重ねて、そっと胸に押し当てる。まだその手は幾分小さくて、それだけを見ているとほんの少し頼りなげに思えてしまう。
 誰かに甘えるということを知らないまま、大人への領域へと押し出されてきてしまった。大人の顔と子供の顔、その危ういアンバランスを未だ保ち続けているゼフェル。
 それでも、その手は器用にいろいろな物を扱うことが出来、いつも、どんなときでも、ルヴァの事を全身全霊で護ろうとする。その暖かさが、どれだけのものをルヴァに運んできたか、ゼフェルはきっとまだ知らない。
 取り留めの無いことを考えながらルヴァは無意識に、胸に抱えたゼフェルの腕をきつく抱き締めてしまっていた。


「あ!」
 耳元で小さくゼフェルの声が上がる。その声で我に帰ったルヴァは、自分がゼフェルの腕をきつく抱き締めてしまっていることにようやく気が付いた。そして、あがったゼフェルの声が自分の行為に因るものかと思い、わたわたと身体を起こして抱えていた腕を撫でようとする。
 と、腰にまわされていたゼフェルの腕が背中に上がってきて、ルヴァの肩をぎゅっと掴んだ。
「…ルヴァ、ほら、向こう……見てみろよ」
 また、小さい声で話し掛ける。その口振りや雰囲気から、先刻の件はまた自分の杞憂に過ぎなかったことが判り、ルヴァは小さく安堵の溜息を付いた。
「どうしたんですか?ゼフェル……」
 つられるように小声になり、紅い瞳を見上げる。と、その目の中で、なにかが光った。首を傾げるルヴァをゼフェルは更に促し、茂みのある一点を指差してみせた。
「あ〜〜………」
 促され、指し示される方向へ目を転じたルヴァの視界に、ぽうっと小さい光が燈った。


 せせらぎの周囲を踊るように舞うように飛び交うその光は徐々にその数を増やしていき、瞬く間に光の乱舞となる。
「どうだ?すっげーだろっ」
 得意そうに胸を張るゼフェル。目を見張るその光景に、ルヴァは言葉を無くしてただ見入っていた。
「これ…は………ホタル、ですか?」
「おう、そうだぜっ。………綺麗、だろ?」
 自分もまたホタルの乱舞を見ながら、ゼフェルはルヴァの身体を引き寄せて背中から抱き締めた。暖かい身体に背中を預けながら、ほうっと感嘆の溜息がルヴァの唇から零れていく。
「こないだ下に行ってきた帰りに、エアバイクでこっちのほうまでドライブしにきたんだよ。そんときにこれ見つけてさ…あんまきれーだったから、ルヴァにも見せてやろーって想って……」
 オレらしくねーからって、笑うなよ?と念を押すゼフェルに、そんなことしたりしませんよ、とルヴァが苦笑する。
「それにしても……これほどの数のホタルというのは、本当に珍しいですねぇ…はじめてですよ〜」
 肩口から胸の前へとまわされたゼフェルの腕に自分の手をかけて、ほう、とまた息を付きながら、綺麗ですねぇ……とルヴァが呟いた。







 ゆっくりと明滅を繰り返しながら、ゆらゆらと夜空を飛び交うホタル。まるで光の洪水とでも表現するしかないくらいの数のホタルが、ひとつの群れをつくっていた。薄黄緑にも見えるその光が周囲を照らし出し、見なれている筈の聖地の森が、まるで別世界のようにみえる。その幻想的な雰囲気に包み込まれて、ふたりは我を忘れ暫し光の乱舞に見蕩れていた。
「そういやさ……ホタルって、一緒になる相手を探すのに光ってんだろ?」
 ぽつり、とゼフェルが呟く。
「ええ〜……そうですねぇ…」
 肩口に乗っかってきたゼフェルの頭を見るように首を捻りながら、ルヴァが続ける。
「寿命も、確か……短かった筈ですねぇ。一年近く水辺と地中で過ごして、あの姿で空を飛びまわれるのは……一週間くらいだと聞いたことがあります」
「……んなにみじけーのか」
 ゆっくりと頷きながら、ゼフェルの頬に自分のそれを寄せてぬくもりを分ける。そんなルヴァに薄く微笑みながら、ゼフェルは白い頬にひとつ口付けた。


「そんな短い時間で、たった一匹だけの自分の相手を見つけて、そんで死んでくんだよなぁ……」
 死、という言葉に、ルヴァの身体が微かに揺れる。腕の中に抱き込んだ愛しい人の身体の震えを敏感に感じ取り、細い身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「ちゃんと、見つかるといいですね…」
「ああ……そうだな」
 頬からゆっくりと唇を滑らせて、目じりへと唇を寄せる。
「絶対、見つかるよ」
 啄ばむように肌を辿る唇に、僅かな湿りが触れた。






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