七夕の戀




 かちり、と硝子の杯が小さな音を立てる。



「どうだった?」
 注がれた酒を直ぐに半分程飲み干して、夢貴が訊ねた。唇を湿らせる程度に口をつけただけで一度杯を下ろした地慧が、ふわりと微笑う。
「とても美味しかったです」
 返された応えに青の瞳が満足げな色を浮かべた。
 くい、と呷るように杯を開け、手酌で杯を重ねる。その隣で、地慧が少しずつ少しずつ酒を舐めるように杯を開けていく。



 3杯目を開けてしまう頃、夢貴が長椅子の背に身体をとさりと預けた。腕を伸ばして背凭れの上に乗せ、軽く手をかける。ようやく1杯目を開けようとしている地慧をじっと見詰めて、僅かに首を傾げた。
「ねぇ、地慧…」
 少し目を見開いて、地慧が振り返る。その表情に毒気を抜かれて、なんでもない、と首を横に振った。
「あの……どうかしましたか?」
 俯いてしまった夢貴の貌を覗き込もうとする地慧。すうっと手が伸びて、夢貴の人差し指が地慧の額をついっと突付いた。
「明日、行くんでしょ?」
 ばばっと貌を紅くして、こっくりと頷く。両手で包み込んだ杯を玩び、僅かに残っていた酒をくいっと飲み干した。ふ、と熱くなり始めた吐息を落とす地慧へと視線を当てると、片腕を取り長椅子の上へと引き倒してしまう。
「あ、あの〜、夢貴…?」
 慌てて起き上がろうとする地慧の肩を押し返し、覆い被さる。至近距離に迫る彼の綺麗な貌にどぎまぎしたのか、先刻よりも頬を紅くした地慧が青の瞳を見上げた。



 手を伸ばして蒼の髪を撫でる。
「ねぇ……明日の夜、うちにおいでよ」
 居たたまれなさげにもぞもぞと身動ぎしていた地慧の動きがぴたりと止まった。
「でも…あの」
 申し訳なさそうにおろおろと視線を彷徨わせる。至極真面目な表情で暫くその貌を見詰めていた夢貴が、突然微笑いだした。額を地慧の胸に当てて、くっくっと肩を震わせる。
「御免ね、そんなに困らせるつもり、なかったんだけどさ」
 おどけたように微笑い、頬にひとつ口付けると上体を起こす。
 眉をハの字にして困ったように地慧は微笑った。
「もう、吃驚したじゃないですか〜」
 ほうっと息をついて、ゆるりと首を傾ける。ごめんね、と夢貴がもう一度微笑った。



 かたりと杯を机の上に置くと、地慧はゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ御暇しますね〜」
 今日はどうもありがとうございました、と微笑む地慧を見送り、夢貴は扉を閉めると背中を預けたままずるずると座り込んでしまった。
「地慧…………『ルヴァ』…」
 口元に片手を、頭にもう片方の手を、それぞれ当てて頭を抱えながら、夢貴は地慧の昔の名を幾度も呟いていた。








≪翌朝、地慧の宮≫







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