七夕の戀




 潅木を掻き分けて暫く行くと、生い茂る葉の隙間から、水の煌きが目に届いた。
 ほとりに立ち、そう広くない、池と呼べるだろう水辺をぐるりと見渡す。
「……地慧様ではありませんか?」
 背後から急に声をかけられて驚いてしまう。柔らかな微笑みと共に佇んでいたのは、奏楽の際夢貴と共に御前にあがることの多い水弥だった。
「どうかなさったのですか? おひとりでこのようなところに……」
 気遣わしげな物腰に、幾許かの安堵を感じてほうっと息をつく。



「あ〜、貴方こそ、こんなところでどうしたのですか」
 首を傾げる地慧に、水弥は微笑みながら両手を差し伸べた。手には、細長い棒……いや、横笛が握られていて。
「月があまりに綺麗なので、興を誘われ此処で徒然に奏でておりました」
 奏楽部の次長である彼らしいといえば、彼らしい。自分でも判っているのか、苦笑しながら肩を竦める様に、地慧もつられて微笑む。
「風流で好いですねぇ……なにかひとつ聞かせて戴けませんか?」
 その申し出がとても嬉しかったのだろう、水弥は破顔してこくこくと幾度も頷いて見せた。
「ええ、ええ、地慧様のためでしたら幾つでも」
 奏ではじめた曲は、少し前、御前での奏楽の際に夢貴と合奏した楽曲を横笛用に編曲しなおしたものだった。穏やかで、何もかもを包み込み安堵を運ぶ彼の性質そのままに、柔らかく優しい音色が空間を満たしていく。
 水を吸いあげる植物の如く、地慧の心が水弥の奏でる調べを取り込んでいく。



 好意に甘えて更に数曲所望したあと、闇珠に呼ばれているので、と辞する水弥と別れ、真っ直ぐに自分の宮へと帰宅した。
 ここ暫く機織にかかりきりだったせいか、余程疲れていたのだろう。寝室に灯った明かりは程無くして掻き消え、地慧の宮は安らかな眠りに包まれた。








≪夜が明けて朝……≫









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