「こっちですよ〜!」
元気にはしゃぎながら、地慧の少し先を緑那がぱたぱたと駆けていく。少し息が上がってしまった地慧は汗ばんだ額を拭いながら時折脚を止め一息つく。
「見えましたよ、地慧様!あそこにたってるのがそうですっ」
東の宮の北東に位置する小さい建物。現帝お抱えの占師、瞑瑠の住まう龍羅殿が見えてきた。東の宮では幾度か顔を合わせたことはあったけれど、直接館を訪ねるのは初めてのこと。天界でも辺境の出だと伝え聞く瞑瑠の館の不思議な雰囲気を感じながら、再び歩を進め始める。
あともう少しというところまで近付いたとき、ばたんと表の扉が開き、嬉しげな表情の瞑瑠が姿を現した。
「いらっしゃい、緑那さま! 待ってたんだよっ」
「こんばんは、瞑瑠。僕達が来るの、判ったの?」
取り次ぎもなしの出迎えに吃驚したのか、小首を傾げながら緑那が訊ねる。にっこりと笑いながら、瞑瑠は腕を後ろに回して胸を張って見せた。
「水晶玉を見ていたら、おふたりが歩いてくるのが見えたんだ」
だから、と目を細めて微笑う紅い髪に、金の髪が揺れて感嘆の溜息を零す。相変わらず瞑瑠の先見は凄いんだね、と賛辞を贈る緑那に、照れた笑みを返しながら今度は地慧の方に視線を向けた。
「地慧さまもいらっしゃいませ。来てくださったのは初めてですよねっ」
嬉しそうな様子につられるように微笑みながら、ええ、と青鈍の瞳が頷いた。
室内へと通され客間の長椅子に腰を下ろす。好い香りのする御茶を手にした瞑瑠が戻ってくると緑那が立ち上がり、茶の用意を手伝った。
「……おや、とても好い香りのする御茶ですねぇ」
「珍しい菊の御茶を少し分けてもらったんです」
興味深げに茶器を覗き込み、手に取ると香りを楽しんでから一口含む。ほわりと緩められた口元を見て、少しだけ心配そうな瞑瑠の表情がぱあっと明るくなった。
「美味しいですね」
嘘をつくのは苦手な地慧。掛け値無しの言葉に破願する紅い髪をにこにこと眺めながら、御茶請けに出された干菓子をひとつ摘んだ。
「そう言えば、地慧様って和菓子がお好きなんだって」
「え、そうなの?」
柔らかい笑みで肯定した地慧を、瞑瑠がじっと見詰めた。微笑したまま小首を傾げてみせるけれど、視線はなかなか外されない。その状況が暫く続いたことに耐え兼ねて、どうかしましたか?と地慧は訊ねてみた。
「あの……あのね、地慧さま。めい、今日初めてお菓子作ってみたの。和菓子なんだけど…食べてみて……くれる?」
あまり自信無さげなところに笑みを誘われ、眉を寄せて困ったような表情を覗き込む。
「是非、頂けますか?」
「…ぇ……う、うんっ!」
ぱたぱたと駆けていく後姿を見送り、ややして戻ってきたその手に乗せられていたものを目にして、地慧は言葉を失った。
涼やかな白い気泡入りの硝子の器に盛られた半透明の丸い物体。思わず口に手を当てた地慧の隣で、緑那がはっとした面持ちで地慧の表情を窺う。
「これなの。『わらびもち』って言うんだって。めいね、一生懸命つくったんだよ!」
地慧の様子に全く気付く様子も無く、にこにこと取り皿を置いていく瞑瑠。白い地慧の頬から更に血の気が失せていく。
≪折角出してくれたもの、なんとか我慢して口に入れる≫
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